イスラエル/パレスチナ和平

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>何故同情が当たり前なのか?

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/07/05 17:32 投稿番号: [6156 / 20008]
>でも、中東問題、というくくりで話をするときは、もっと、マクロな視点から話を進めないと全体が見えてこなくなる危険があると思うんですね。そこで話がかみ合わない事になる。
事の根本や全体を見ずに、末端だけを見てものを言ってませんか?

そうですね。マクロな視点というのはイスラエルとパレスチナという国家間の紛争としての視点とか、国際政治や国家としてのあり方といった角度の視点のことなのでしょうか?
そういった角度では、イスラエルとパレスチナの紛争では、基本的にはイスラエル側の方が言い分としては正当というのか、筋が通っているように僕は思います。前に書いたように、戦争をしかけたのはアラブ側の方なので大筋ではアラブ側が間違っていると思うし、難民帰還権をいまだに主張し続けていることはやはり問題があるのかもしれません。
以下、ちょっとこのトピからずれてしまうかもしれないけど、僕の考えを整理して示す意味で述べると。
たしかに僕の見方が本質的な問題やマクロな視点から外れてしまっている部分はあるかもしれませんが、ただ人間の問題というのはいろいろな角度があると思うし、角度によって浮かび上がることが違うのだと思うのですよ。
たとえば国際政治の観点から考えるのと、社会学や文化人類学の観点から考えるのとは問題のつかまえ方が違ってくるのは当然だと思う。
結局、現実に存在するのは1人1人の人間であり、その1人1人がどういう状態に置かれているのか?それに問題があるならどうすればいいのか?という考え方もあると思う。「国家」というもの自体はある意味では概念上のものでしかないわけですよね。現実に存在しているのは1人1人の人間で、その総体として概念として「国家」というものがあるのだと考えるならば。「国家」の規模ですべての問題を割り切って考えてしまうと、現実に1人1人の人間に起きている問題が切り捨てられてしまうことにならないか?という危険性もあると思うのです。
たとえば、水俣病とか公害の問題についてどう考えるという時に、マクロの視点で考えると戦後の日本の高度経済成長において公害は必要悪で仕方がないものだったのだ、とも考えられる。それも理屈とてしてはそうなのでしょうが、しかし現実に水俣病で苦しんでいる人達がいることは事実で、その人達の苦しみは切り捨ててしまっていいのだろうか?ということになってしまう。
しかし、こうした人権がどうとか弱者がどうとかいうことばかりにとらわれて考えてしまうと、たしかにあなたが言うようにマクロな視点を見失ってしまうということはあるかなとも思うのです。その点は、これは自省をこめて言うのですが、こういう人権がどうとか弱者がどうとかいった左寄り(なのでしょうかね?)の考え方で物事をとらえる場合は気を付けないといけないのかもしれません。
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