両サイドで盾となれるほどの思い込みは
投稿者: native_born_lonely 投稿日時: 2003/05/08 19:04 投稿番号: [5137 / 20008]
……ないっていうことなんでしょう。
たぶん「承知で自分の理想に取り組む」ことと、その具体的な行動が「盾」になることとのあいだにあったこと、きっかけ、タイミングが問題なんだと思います。そこには、仰るように「強い思い込み」っていうのが作用しているはずですね。
そうなると、その思い込みってなんだろうね、と問いかけてやる人間は、いてもいい、というか、まあ言葉は悪いですが、昔の江戸の下町で近所のガキ共をしかりつけていたような嫌われ者のオヤジさん役がいないと、「自分たちの行動がはたして有効なのか?
偏りはないのか?
といったことをうまくチェック」する機会もないんじゃないかと……まあそんな風に思うんです。
強い思い込みの中には思い切り身勝手な感傷や勘違いもあって、少なくともそういう「例」をあげつらうことで、もしもはたと気付いてくれるんであれば良し。つまり「鏡」ですね。鏡は、ちょっとばかり辛辣なものも含めて、色々見て置いてもいいんじゃないか……自分の息子が二十歳になり、「もう大人だ」とは言いつつ、あれやこれやの理想で燃えさからんばかりの状態になっておった(逆にそうならんとつまらんが)ら、親としてそうしてやりたい。その上で、「いかなくっちゃ」と思いこめることなら肉親としても理解してやりたい。
そう考えると、「両サイド」に「盾」になりにいくほどの「思い込み」を持って行動している人間が、実際にはいないこともよくわかる。片っ方に思い込むから理想に走って行動するわけで、こと「盾」に限って言えば、思い込み無しではとても成立しないとも思えます。で、その思い込みは、というと、「色々と」は見ていないうちだからこそのたまもの……。
>もしも、それをやらないのなら、単に「パレスチナ応援派」であって、
命の尊さを考える「平和」活動家とは呼べないね。
私のようなえげつないやり口でなく、アドベンチャーさんような言い方から入るほうがが、「はたと気付く」には一番の諭し方ですね(もちろん諭すのが目的じゃないんだが、この場合は)。また一つ学ばせてもらいました。
>(このトピの盲目的パレスチナ支持者を勝手に分析してみた)
彼らの「思考」の裏っかたにあるものにもつい目が行ってしまうので「人格」とかが出てきてしまうんだな、私は。
これは メッセージ 5134 (adventureoftheultraworld さん)への返信です.
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