イスラエルからのTV報道1
投稿者: native_born_lonely 投稿日時: 2003/05/01 19:01 投稿番号: [5082 / 20008]
二〇〇二年にイスラエルを訪れたとき、ホテルの地下駐車場で一台の大型のバンを見た。日本車よりも一回り大きく、白い車体の横側いっぱいに「TV」という青い文字が描かれている。やはりこういうことか、という思いが、第一印象であった。
世界中に配信されるビデオ映像は、このように意図的に目立たされた車によって「現場」に運ばれたカメラマンが、いかにもプロ用と思われる機材を使って撮影したものだ。
テレビ報道を見る視聴者は、写し出されている映像から、そうしたTVバンの存在を立体的に想像しながら、撮影現場の状況を客観的に把握する必要がある。
例えばガザの検問ゲート前を撮影した次のような報道があった。画面がさほど鮮明でないのは、遠距離からのズーム映像だからだろう。どのくらいの時間、そこに待機していたのかも分らない。アラブ人と思われる若者が、検問所の兵士に近づく。若者は青い無地のTシャツにGパンという格好だ。武器や弾薬を隠していないことは、身体検査をするまでもなく明らかである。彼の唇が動いて、何らかの言葉を発していることが見て取れるが、テレビ報道のビデオ映像からは現地の声や音はなく、ただアナウンサーが何やらコメントを読んでいるだけだ。
若者がさらに兵士に近づき、二人の距離は数十センチといったところだろうか。兵士が開いた片手を若者に向けて「下がれ」というような素振りをした。若者は動かず、むしろ何かをしゃべりながら顔を突き出すような感じである。すると、兵士は機関銃の先で若者の胸を小突いた。若者はなおも下がろうとはせず、両手を拡げて「なんて事をするんだ」といったジェスチャーをして見せる。兵士は、さらに何度か銃口で若者の胸を突きながらゲート前から引離していった。
それだけの映像であったが、TVバンの実物を見たばかりのことだったせいか、やはりテレビというものには胡散臭さがつきまとうものだと感じるばかりだった。
兵士にも若者にも、TVバンの存在は視野に入っていたのは間違いない。もしかしたら、報道用に使える映像がなかなか撮れないために、カメラマンたちは長い時間じりじりとそこに留まっていたかもしれない。そのうえで、衣服の下に何も隠してはいないことが分る格好に準備をし、練習しておいた罵りの言葉を繰り返しながら、治安確保が最優先であるゲート前の兵士に近づくことは、容易に思いつく行動だったはずだ。
日本のみならず、世界の大半が見せつけられている映像ジャーナリズムなどというものは、所詮このように不明確な実体にすぎないのだ。テレビ報道の視聴者は、そうした視点を失ってはならない。そして、如何にも庶民感情に訴えるような映像というものは、そもそもそのようなものを見たがっている無思考な視聴者の存在がなければ供給されないということも自覚すべきだろう。
世界中に配信されるビデオ映像は、このように意図的に目立たされた車によって「現場」に運ばれたカメラマンが、いかにもプロ用と思われる機材を使って撮影したものだ。
テレビ報道を見る視聴者は、写し出されている映像から、そうしたTVバンの存在を立体的に想像しながら、撮影現場の状況を客観的に把握する必要がある。
例えばガザの検問ゲート前を撮影した次のような報道があった。画面がさほど鮮明でないのは、遠距離からのズーム映像だからだろう。どのくらいの時間、そこに待機していたのかも分らない。アラブ人と思われる若者が、検問所の兵士に近づく。若者は青い無地のTシャツにGパンという格好だ。武器や弾薬を隠していないことは、身体検査をするまでもなく明らかである。彼の唇が動いて、何らかの言葉を発していることが見て取れるが、テレビ報道のビデオ映像からは現地の声や音はなく、ただアナウンサーが何やらコメントを読んでいるだけだ。
若者がさらに兵士に近づき、二人の距離は数十センチといったところだろうか。兵士が開いた片手を若者に向けて「下がれ」というような素振りをした。若者は動かず、むしろ何かをしゃべりながら顔を突き出すような感じである。すると、兵士は機関銃の先で若者の胸を小突いた。若者はなおも下がろうとはせず、両手を拡げて「なんて事をするんだ」といったジェスチャーをして見せる。兵士は、さらに何度か銃口で若者の胸を突きながらゲート前から引離していった。
それだけの映像であったが、TVバンの実物を見たばかりのことだったせいか、やはりテレビというものには胡散臭さがつきまとうものだと感じるばかりだった。
兵士にも若者にも、TVバンの存在は視野に入っていたのは間違いない。もしかしたら、報道用に使える映像がなかなか撮れないために、カメラマンたちは長い時間じりじりとそこに留まっていたかもしれない。そのうえで、衣服の下に何も隠してはいないことが分る格好に準備をし、練習しておいた罵りの言葉を繰り返しながら、治安確保が最優先であるゲート前の兵士に近づくことは、容易に思いつく行動だったはずだ。
日本のみならず、世界の大半が見せつけられている映像ジャーナリズムなどというものは、所詮このように不明確な実体にすぎないのだ。テレビ報道の視聴者は、そうした視点を失ってはならない。そして、如何にも庶民感情に訴えるような映像というものは、そもそもそのようなものを見たがっている無思考な視聴者の存在がなければ供給されないということも自覚すべきだろう。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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