ヨルダン川西岸はパレスチナの中心
投稿者: GiantPanda311 投稿日時: 2003/03/24 18:04 投稿番号: [4914 / 20008]
地図を見るとパレスチナのうち地中海に沿った緑の平野の部分をイスラエルが一人占めしていて、パレスチナ人はヨルダン川西岸と呼ばれる茶色の山の部分に追いたてられているような印象を受ける。
しかしこれは全く逆である。
古代ユダヤの時代から、ヨルダン川西岸の丘陵地帯こそパレスチナの中心であった。エルサレムもベツレヘムもそうである。パレスチナのような雨の少ない土地では飲み水の確保が重要になってくるが、丘陵地帯のほうが涌き水などが豊富だからであろう。これに対し海岸沿いの平野は、潮風の吹きすさぶ砂地で、農業にも適していなかった。
19世紀の末から20世紀の始めにかけて、ユダヤ人たちがパレスチナに戻ってきた頃も、状態は同じであり、豊かな丘陵地帯にはパレスチナ人が住んでいたので、ユダヤ人たちは海岸沿いの砂地に住んだ。これが現在のテルアビブ周辺である。
イギリスの委任統治時代には、当然ユダヤ人には権力がなかったから、パレスチナ人が見捨てたような土地をお金を払って買って、苦労して開拓していったのである。
こうして、みとめられたのが国連によるパレスチナ分割案で、これは当時のユダヤ人とパレスチナ人との正確な居住分布を反映していたものと見てよい。
ただ、ハイファなどの港町にはパレスチナ人も大勢住んでいた。アラファト議長もその一人であり、彼らがパレスチナ難民となったのである。
ヨルダン川西岸は古代ユダヤの中心地であったから、ユダヤ人とかかわりの深い遺跡も多い。
拡大した地図を見ると、むしろヨルダン川西岸と呼ばれる地区が地中海近くまでせり出していて、イスラエルの平野部分はごく細い土地にすぎないということがわかるであろう。
それでもイスラエルの労働党のミツナ党首は、ヨルダン川西岸全体から入植地をすべて撤去してパレスチナ側に返すべきだと言っているのである。
イスラエルとパレスチナの和解の日を祈るものである。
これは メッセージ 4913 (GiantPanda311 さん)への返信です.
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