やがて、すべてが無に帰します
投稿者: naonao123 投稿日時: 2000/10/14 04:55 投稿番号: [479 / 20008]
レス、ありがとうございました。
お言葉を返すようですが、死は必ず訪れてきます。
そして、その死から目を背けて「死にたくない」と言えない人もいることを、ご存知でしょうか。いつも、「死」と対面していなければならない状況下。
私は、臨戦の中東情勢に直面している方のことだけを言っているわけではありません。
医師から「癌」(或いは相応の病気)を宣告され、否応なしに「死」といつも対面していなければならない人たちにとって、「死」を拒絶することなどできないのです。まして、「死」はいけないことだ、と断定されたら、どうして旅立っていけましょうか。
私もその立場で、「死」を直視しています。もちろん、私は医師ではなく、患者です。
「生」「死」の意義は、人間の尊厳の一部であり、それを「どう思う」かは、個人の意思の自由であり、その哲学を持たなければ、気が狂いそうになって夜も眠れなくなります。
私は、「死」に対して、「わくわくする、未知なる冒険への旅立ち」だと思うようにしています。
そして、「生きている間は、あるがままに生き、すべてを寛容に受容しよう」と勤めております。
ですから、礼を失する言動を浴びせられても、怒りも湧きませんし、あなたのご意見をすべて受容します。
「生きる」ことも希望になりますが、「死ぬぬ」ということも、希望になります。わからないとは、思いますが。
私の菩提寺は禅寺ですが、それほど信仰は厚くはありません(禅の境地は戦争には結びつくはずはありませんし)。
ですから、信仰のために命を賭す方々の心境は、よく理解できませんが、これだけは言えると思います。
彼らには、「死ぬ」哲学ができている、と。
【「死にたくない」こともない】人も、たくさんいらっしゃると思いますよ。
あなたがおっしゃるとおり、私は宇宙人です。
その中の地球人であり、日本人です。
宇宙の創造から比べれば、なんとちっぽけな、塵にもならない我々の存在意義でしょうか。だから、すべてを自然なこととして捕らえれば、いいじゃないかと思います。
信仰のために戦争をする民族、それを仲裁しようとする国、多種多様な意見。その結果が和平であれ、戦争であれ、地球破壊であれ、どうであれ、自然な流れだと思い、受容できればいつも穏やかでいられます。
大切な人、家族、恋人、自分自身、すべてどちらが先に死に至っても、大切なことは、今、その人たちを愛していることであり、死んだ後も愛しつづけることだと私は信じています。
長くなりましたが、最後までのご精読、ありがとうございました。
お言葉を返すようですが、死は必ず訪れてきます。
そして、その死から目を背けて「死にたくない」と言えない人もいることを、ご存知でしょうか。いつも、「死」と対面していなければならない状況下。
私は、臨戦の中東情勢に直面している方のことだけを言っているわけではありません。
医師から「癌」(或いは相応の病気)を宣告され、否応なしに「死」といつも対面していなければならない人たちにとって、「死」を拒絶することなどできないのです。まして、「死」はいけないことだ、と断定されたら、どうして旅立っていけましょうか。
私もその立場で、「死」を直視しています。もちろん、私は医師ではなく、患者です。
「生」「死」の意義は、人間の尊厳の一部であり、それを「どう思う」かは、個人の意思の自由であり、その哲学を持たなければ、気が狂いそうになって夜も眠れなくなります。
私は、「死」に対して、「わくわくする、未知なる冒険への旅立ち」だと思うようにしています。
そして、「生きている間は、あるがままに生き、すべてを寛容に受容しよう」と勤めております。
ですから、礼を失する言動を浴びせられても、怒りも湧きませんし、あなたのご意見をすべて受容します。
「生きる」ことも希望になりますが、「死ぬぬ」ということも、希望になります。わからないとは、思いますが。
私の菩提寺は禅寺ですが、それほど信仰は厚くはありません(禅の境地は戦争には結びつくはずはありませんし)。
ですから、信仰のために命を賭す方々の心境は、よく理解できませんが、これだけは言えると思います。
彼らには、「死ぬ」哲学ができている、と。
【「死にたくない」こともない】人も、たくさんいらっしゃると思いますよ。
あなたがおっしゃるとおり、私は宇宙人です。
その中の地球人であり、日本人です。
宇宙の創造から比べれば、なんとちっぽけな、塵にもならない我々の存在意義でしょうか。だから、すべてを自然なこととして捕らえれば、いいじゃないかと思います。
信仰のために戦争をする民族、それを仲裁しようとする国、多種多様な意見。その結果が和平であれ、戦争であれ、地球破壊であれ、どうであれ、自然な流れだと思い、受容できればいつも穏やかでいられます。
大切な人、家族、恋人、自分自身、すべてどちらが先に死に至っても、大切なことは、今、その人たちを愛していることであり、死んだ後も愛しつづけることだと私は信じています。
長くなりましたが、最後までのご精読、ありがとうございました。
これは メッセージ 474 (bloodbug2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/479.html