Re: アイヒマンとシオニスト
投稿者: hoihoi0080 投稿日時: 2002/02/27 03:37 投稿番号: [2675 / 20008]
記事2667において、「良い」協力と書いたので、ALIEV様と必ずしもと立場が異なるわけではありませんが、最悪ものでは無いにしても、とても良いものとは言えないのは、シオニスト組織には、「ユダヤ人を救う」ことに関して言えば、非常に問題があったからです。
シオニストは「ユダヤ人を救う」ことを目指す人たちでは無く、「パレスチナにユダヤ人の独立国家を建国する」ことを目指す人たちでした。そのため、
(1)ユダヤ難民の脱出先が、パレスチナに限定されてしまいました。
四国とだいたい同じ面積しかないパレスチナは第2次世界大戦中に米国とほぼ同数のユダヤ移民を受け入れましたが、それ以前より開始されていたユダヤ移民のため、すでに、パレスチナは大混乱に陥っていました。色々な国に分散して移民させれば、そのような混乱を防ぐことができました。特に、広さと人口と政策を考えれば、米国は遙かに多くのユダヤ人を吸収できました。この50年で、イスラエルが、もっとも、ユダヤ人の死亡率が高い国であったことを想起すれば、米国の方が安全であったことは明らかです。
(2)パレスチナに来たユダヤ難民は、ナチスの迫害を避けるための一時的な避難民として来たわけで無く、「移民によって、人口を増やし、時がくれば独立」と考えている陰謀集団とアラブ人に見なされ、アラブ人の敵意に会いました。(また、それはほぼ真実であり、ユダヤ機関は陰謀を実行しました。)
1918年1月に、メッカの太守フセインは、イギリスより派遣されたホーガス大佐に対して、バフフォア宣言の目的が、虐待から逃れるユダヤ人に避難場所を与えるに止まるのなら、喜んでその目的の達成に協力すると回答しています。(木村申二著「パレスチナ問題研究序説」丸善プラネット株式会社、13ページ)「迫害からの避難」としてのパレスチナ移民には反対ではない。だからと言って、「ユダヤ人口を増やし、ユダヤ国家として独立する」ような陰謀集団は受け入れられない。これは極めて寛大な態度と思われます。(私は、ある地域に特定集団の人口を増やして、独立を目指すような陰謀集団の日本への入国には断固反対します。これを排除するための警察力、場合によっては軍事力の使用にも賛成です。)「避難民」として来ていたのなら、平和のうちに、移民できた可能性が高いと思われます。
また、移民では無く、一時的に避難し、危険が去ったら去るという「短期滞在」であれば、さらに多くが避難できた可能性は高いです。
しかし、ナチスとユダヤ人の窓口になったシオニスト組織は、住民の意志を無視して、「ユダヤ国家建設のための移民」をすすめ、不在地主から土地を購入し、小作人を追い払い、決してアラブ人を雇うことなく、当時の宗教的な慣習を無視し....など、「ユダヤ国家」建設に邁進していたので、アラブ人との間で大きな衝突が起きていました。ユダヤ人の虐殺事件すら起こっています。後にナチスドイツと戦うイギリスは、アラブの反乱を鎮めるために、大きな犠牲を払わされました。また、アラブ人の犠牲も大きいものでした。
(3)シオニストは既に、「パレスチナにはアラブ人がいる!」ということをしっかり知っており、そのような状況において「ユダヤ国家」を建設するために、アラブ諸国との戦争を既に計画していました。さらには、「パレスチナアラブ人の追放」を検討していました。
ユダヤ機関は、将来の独立のための軍備を進めていましたので、相当の資金を用意していましたが、そのお金をユダヤ人の救出に使っていれば、確実に犠牲者を減らすことができたでしょう。
(4)シオニストに限りませんが、指導的ユダヤ人が、ナチスに「協力」してしまったため、ユダヤ人の「反乱」が困難となってしまいまったことは、「ホロコースト」の分野の権威、ラウル・ヒルバーグ(「ヨーロッパユダヤ人の絶滅」)の主張です。
(続く)
シオニストは「ユダヤ人を救う」ことを目指す人たちでは無く、「パレスチナにユダヤ人の独立国家を建国する」ことを目指す人たちでした。そのため、
(1)ユダヤ難民の脱出先が、パレスチナに限定されてしまいました。
四国とだいたい同じ面積しかないパレスチナは第2次世界大戦中に米国とほぼ同数のユダヤ移民を受け入れましたが、それ以前より開始されていたユダヤ移民のため、すでに、パレスチナは大混乱に陥っていました。色々な国に分散して移民させれば、そのような混乱を防ぐことができました。特に、広さと人口と政策を考えれば、米国は遙かに多くのユダヤ人を吸収できました。この50年で、イスラエルが、もっとも、ユダヤ人の死亡率が高い国であったことを想起すれば、米国の方が安全であったことは明らかです。
(2)パレスチナに来たユダヤ難民は、ナチスの迫害を避けるための一時的な避難民として来たわけで無く、「移民によって、人口を増やし、時がくれば独立」と考えている陰謀集団とアラブ人に見なされ、アラブ人の敵意に会いました。(また、それはほぼ真実であり、ユダヤ機関は陰謀を実行しました。)
1918年1月に、メッカの太守フセインは、イギリスより派遣されたホーガス大佐に対して、バフフォア宣言の目的が、虐待から逃れるユダヤ人に避難場所を与えるに止まるのなら、喜んでその目的の達成に協力すると回答しています。(木村申二著「パレスチナ問題研究序説」丸善プラネット株式会社、13ページ)「迫害からの避難」としてのパレスチナ移民には反対ではない。だからと言って、「ユダヤ人口を増やし、ユダヤ国家として独立する」ような陰謀集団は受け入れられない。これは極めて寛大な態度と思われます。(私は、ある地域に特定集団の人口を増やして、独立を目指すような陰謀集団の日本への入国には断固反対します。これを排除するための警察力、場合によっては軍事力の使用にも賛成です。)「避難民」として来ていたのなら、平和のうちに、移民できた可能性が高いと思われます。
また、移民では無く、一時的に避難し、危険が去ったら去るという「短期滞在」であれば、さらに多くが避難できた可能性は高いです。
しかし、ナチスとユダヤ人の窓口になったシオニスト組織は、住民の意志を無視して、「ユダヤ国家建設のための移民」をすすめ、不在地主から土地を購入し、小作人を追い払い、決してアラブ人を雇うことなく、当時の宗教的な慣習を無視し....など、「ユダヤ国家」建設に邁進していたので、アラブ人との間で大きな衝突が起きていました。ユダヤ人の虐殺事件すら起こっています。後にナチスドイツと戦うイギリスは、アラブの反乱を鎮めるために、大きな犠牲を払わされました。また、アラブ人の犠牲も大きいものでした。
(3)シオニストは既に、「パレスチナにはアラブ人がいる!」ということをしっかり知っており、そのような状況において「ユダヤ国家」を建設するために、アラブ諸国との戦争を既に計画していました。さらには、「パレスチナアラブ人の追放」を検討していました。
ユダヤ機関は、将来の独立のための軍備を進めていましたので、相当の資金を用意していましたが、そのお金をユダヤ人の救出に使っていれば、確実に犠牲者を減らすことができたでしょう。
(4)シオニストに限りませんが、指導的ユダヤ人が、ナチスに「協力」してしまったため、ユダヤ人の「反乱」が困難となってしまいまったことは、「ホロコースト」の分野の権威、ラウル・ヒルバーグ(「ヨーロッパユダヤ人の絶滅」)の主張です。
(続く)
これは メッセージ 2673 (ALIEV さん)への返信です.
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