イスラエル/パレスチナ和平

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破壊されたパレスチナの村々(7)

投稿者: crumpled_up_promise 投稿日時: 2001/10/31 10:05 投稿番号: [2100 / 20008]
●1973年4月、ナブルス東南6マイルのところにある
小さなパレスナチ人の村、アクラバで4000人の農民たちが
自分たちの土地を売ることを拒絶したとき、
イスラエル当局は凄まじい行動を起こした。

彼らはバイパー機でアクラバ村上空を飛行し、
村の小麦畑にあろうことか枯葉剤を撒き散らし、
一夜にして全ての小麦をダメにしてしまったのである。
彼らは厚かましくもこの過激な行動を素直に認め、
それはただ「イスラエル軍が立ち入るなといった土地で
頑固に農耕を続けている村民たちに教訓を与える」
ためだとの声明を出していた。

●また、パレスチナ人のゲリラ活動が活発になり始めると、
イスラエル政府はこれらゲリラ活動に厳罰で対処していったのだが、
1人のゲリラが出たら、彼の家族の住む家を爆破し、
やがて付近の住居全部をダイナマイトとブルドーザーで破壊していった。
ナチスの用いたような「共同懲罰刑」を課したのである。

ヒルフール市では一度に30軒の家が破壊された。
やがてガザのキャンプでは、イスラエル軍のパトロールが行ないやすいようにと、
家々を破壊して道路が広げられることになった。
子供のデモも容赦なかった。デモ規制による死者が増え、
ヨルダンへの追放、逮捕、拷問が伝えられるようになった。

そのほか、ヨルダン川を渡って戻ってこようとしたパレスチナ難民が、
女・子供の区別なく、警告なしに次々と殺害されていったことも
イスラエルで暴露された。

●イスラエルの歴史は、隠されている。
そして人々はそれを知っているけれども、口をつぐんでいる。
それに言及すれば、自分がそこに住む正当性がなくなるからだ。
最初のうちイスラエル政府のやり方に抗議していた人々も、
やがて沈黙していった。むしろ左派に属する人ほどその傾向が強い。
最近では極右の人は堂々と言うようである。

「なるほど、俺たちは不正を犯した。しかしそれがどうだっていうんだ。
ここは神が俺たちに与えた土地なのだ・・・」
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