破壊されたパレスチナの村々(4)
投稿者: crumpled_up_promise 投稿日時: 2001/10/26 11:18 投稿番号: [2051 / 20008]
●適用の象徴的な例は、バルアム村に対してのものである。
この村は第1次中東戦争では中立を保っていたが、
125条によって「閉鎖地域」と宣告された。
これを不服とした住民が、1953年にイスラエル最高裁判所に訴えると、
裁判所は、彼らの帰村は認められるべきである、との判決を下した。
しかし、この判決に対し、軍当局は乱暴な対応に出た。
イスラエル軍の歩兵と爆撃機は、1953年9月16日、
人一人いない村を攻撃し、爆破した。
爆撃は全村が焼けて廃墟になるまで続けられた。
そして、この村の土地は近くのユダヤ人入植地に与えられた。
村を破壊された住民たちは、近くのグーシュ・ラハブ村で
掘立て小屋の生活をするはめになり、政府の補償金を断り、
祖国の中の難民として生活している。
●最近では125条は、ガリラヤ地方のデイル・アル・アサド村、
ビマ村、ナハフ村に適用され、村々の耕地のほとんどが没収され、
村民1万人は一日にして日雇い労働者となった。
そして没収された土地の上には、ユダヤ人の近代的な町カルミエールが建設された。
これは メッセージ 2043 (kazetokomorebi さん)への返信です.
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