ホロコーストを利用する人々4
投稿者: Jewish_777 投稿日時: 2001/02/28 10:35 投稿番号: [1308 / 20008]
(つづき)
ホロコーストを「唯一無比」だと宣伝するのは危険である。なぜなら、そういう決めつけをしていると、他の“悪”のかたちが見えなくなる恐れがあるからだ。ホロコーストを展示した博物館や記念碑を見に行けば、そこでヒットラーの顔と出会うことになるが、観客は「悪人はこんな顔をしているのか」という印象を持つことになる。だが現実には、スターリンやレーニン、毛沢東やポル・ポトのような顔をした“悪”も存在してきたのだ。それに「軍靴とちょび髭」が悪人のイメージとして定着すれば、そうした格好をしていない“未来の悪人”を感知する眼力が養われなくなる。
フィンケルシュタインは、“ホロコースト産業”のリーダーたちが「ホロコーストは唯一無比の悪」という論法を展開することで自己陶酔に陥っているとも指摘している。ホロコーストの犠牲者たちの苦痛と殉教的悲劇に勝る歴史的悲劇がないとするなら――しかもその犠牲者には現代のユダヤ人やイスラエル国家も含まれるというのだ――それほどの“道徳的偶像”に辛辣な意見を述べることなど、誰も出来なくなってしまうではないか。
さて、フィンケルシュタインの批判は正しいか?
本質的な部分で、彼は正しいと言わざるを得ない。つまり、ホロコーストは“唯一無比”ではない、という部分で……。
飢餓や拷問に苦しみ、殺された人々は、どのような民族であれ、すべてアウシュヴィッツの犠牲者と同質の悲劇を抱えているのだ。特定の歴史的事件が、他の同様の事件と同じように語ることを許されぬ「唯一無比」のものだ、などと考えること自体、非合理も甚だしいことなのである。それにこうした神聖視は、ホロコーストについての冷静な議論や分析を圧殺してしまうので危険である。そうした事態が起きれば、我々はホロコーストから何の教訓も学ぶことは出来ないであろう。
(つづく)
これは メッセージ 1307 (Jewish_777 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/1308.html