ホロコーストを利用する人々3
投稿者: Jewish_777 投稿日時: 2001/02/28 10:34 投稿番号: [1307 / 20008]
(つづき)
たとえばウィーゼルらは、ホロコーストを客観的な歴史的現象と捉えて理性的に議論すべきだと主張している。ところがこうした提案は理解されず、無視されるだけなのだ。「客観的評価と理性的検討」という主張さえ極論あつかいされているのが現状なので、人類の残虐さを示す他の歴史的事件を持ち出して――フィンケルシュタインはその例としてベルギーがかつて象牙やゴムの貿易によって引き起こしたコンゴの1000万人に上るアフリカ人の殺戮を挙げたが――ホロコーストと比較しようとすれば、たちまち「反ユダヤ主義」とか「ホロコースト否定論者」だなどと罵倒される状況になってしまっている。
こうした傾向が蔓延してきた結果、米国の各地に「ホロコースト」の博物館や記念碑が散在するという現状になったわけだが、たとえばホロコーストよりも多くの犠牲者を出した「共産主義」に関しては、そうした犠牲者を記念する施設なんぞ皆無なのである。あるいは、ジプシーや心身障害者もナチスによって殺されたのに、そうした犠牲者のための記念施設なんてものも一つとしてない。フィンケルシュタインによれば、欧州の(民族別)居住人口に占める割合からいえばユダヤ人よりもジプシーのほうが殺戮に遭った割合が高いのに、である。
さらにフィンケルシュタインは痛烈きわまる指摘をした。米国は奴隷貿易によって黒人を何百万人も殺してきたし、アメリカ・インディアンに至ってはまさに“絶滅キャンペーン”を精力的に進めて、これもまた何百万人も殺してきた。なのにいずれについても殺戮記念施設なんぞ皆無ではないか、というのだ。ワシントンにホロコースト博物館が存在しているのは「アメリカ自身が歴史のなかで犯してきた罪を記憶に留めるための博物館が一つとしてないのだから、まったく不条理だ」というわけだ。
「私の両親は、ホロコーストが“唯一無比”だったなどと言い募ることは決してしないはずです」と彼は言う。「そうではなくて、ホロコーストを教訓にして他の抑圧された人民の苦しみをも理解するよう努めるべきだ」と主張するでしょうね。」
(つづく)
これは メッセージ 1306 (Jewish_777 さん)への返信です.
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