パラチフスは、北だけでなく南も多い
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2006/11/18 15:11 投稿番号: [6992 / 73791]
北朝鮮で、パラチフス、百日咳が大流行とありましたが、実は、ソウルでも普通に見られます。特に子供が感染する事が多いのですが、栄養状態と医療が最低限は機能している(医療代が異常に高いので、今後、貧窮者は、北と同じような事になるでしょうが・・・)ので、さほど問題になっていないだけですね。
特に、パラチフスは、アフリカ等よりも、韓国の方が罹患率が高いとも読んだ事があります。
理由は、白菜のためで、白菜の肥料人糞などから、パラチフス菌が繁殖して伝染します。梅雨時は、罹患者が増えますよ。
チフス菌、パラチフス菌は、人のみに感染、伝染するため、人糞に汚染された食品や水によって経口感染するほか、患者や保菌者との接触感染(手指から口へ)も発生します。寄生虫もさる事ながら、こちらも怖いです。
私は、日本にいる時は、朝鮮の食品は、触れる事もしません。口に入れる?食べるなんて、論外ですね。
つまり、パラチフスは、半島全体での話しなので、北だけで云々は、片手落ちかも知れません。
北の状態は、もう、文字通り、李朝時代を完全に再現したましたね。アジアプレスの報道は、出色です。ぜひ、ご一読を。
『解放直後の1945年、北朝鮮の各地域に怖ろしい疫病が流行した。それはコレラだった。
解放の喜びもつかの間、人々があちこちで倒れたが、ソ連駐屯軍は政治だけに奔走して、住民の健康などには目も向けなかった。
ところが、その解放から50周年を迎えた1995年の夏、社会が大混乱し無秩序になると必ずはやるという不気味なコレラは、案の定北朝鮮をまた襲った。
88年の夏に平壌で発生した“パラティフス”というわけの分らない消化器病が全国へと拡がっていったが、90年代半ばは、まず餓死者発生と栄養失調という火の粉を消すのに精一杯で、年々罹病率の増加で病院ごとに病棟が設置される程であった。
社会の無秩序と食糧不足による最悪の衛生状況によって生み出されたのであった。
エネルギー、水、およびせっけん・洗剤の不足はもちろんだったが、当時は用便に関する道徳心まで完全に<文明>を失ってしまっていた。
いろいろな家畜を狭い屋内で人と一緒に飼育することも当たり前になった。
そんな家で、食べ物が調理されて市場で売られていく。
一方、郊外の農場では市内の人糞を掻き集めてそのまま野菜畑に播いたり、豚の飼料にしたりして、その生産物を市場に持ち出して売った。
尿の臭いなど様々な悪臭が漂い、市場と鉄道の衛生状態は最悪だった。
鉄道駅は数少ない主要な公衆場所となった。宿泊を求めて集中する放浪者たちが、他人の捨てた食べ物カスを拾い、寝ることもできる唯一の生活拠点になった。毎日発見される縁故者のない死体も駅前には放置されていた。
蠅と南京虫、蚤などあらゆる害虫が、がむしゃらに人々を攻撃した。放浪者の体には普通数百、数千の虱が這い回った。
人を経由する伝染病と害虫、寄生虫の循環回路がフル稼働して、国全体へ高速道路網のように構築された。』(アジアプレス)
『【大紀元22日】デイリーNKの報道によると、北朝鮮一帯にパラチフス、百日咳、奇病 など急性伝染病が流行しており、全国的に拡散する勢いであることが確認されたという。
この報告は、デイリーNK 国境特派員 2人による 3ヶ月間の追跡取材を通じて、繰り返し確認された。
「苦難の行軍時代とまったく同じ。食糧事情が悪く、栄養不足だからあらゆる雑病が流行している。
結核患者は患者扱いも受けないほどである。パラチフスで、女性と年寄りたちが家で病んでいるし、
百日咳にかかって幼稚園や託児所に隔離された子供も多い」− ツェ・ギルニョ氏(仮名:59歳、黄海南道海州) 。
両江道一帯では、病気にかかって屠殺された牛や豚を食べた住民たちの間で、皮膚にでき物ができ、肉が落ちる 「奇病」 患者が発生し、北朝鮮政府を緊張させている。
中国に入国した旅行者たちは、地方 や闇市場での忌まわしい葬儀を目にし、伝染病の名称と症状、発病理由に対してかなり具体的に分かっており、「全国的状況」と把握しているという。
脱北者は、「最近、北朝鮮にいる家族との電話を通じて、肉が腐る病気が流行しているという噂を聞いた」「旅行証明書を承認する時、衛生防疫所で発給した衛生通過証を要求している」と付け加えた。』
http://jp.epochtimes.com/jp/2006/07/html/d50198.html
特に、パラチフスは、アフリカ等よりも、韓国の方が罹患率が高いとも読んだ事があります。
理由は、白菜のためで、白菜の肥料人糞などから、パラチフス菌が繁殖して伝染します。梅雨時は、罹患者が増えますよ。
チフス菌、パラチフス菌は、人のみに感染、伝染するため、人糞に汚染された食品や水によって経口感染するほか、患者や保菌者との接触感染(手指から口へ)も発生します。寄生虫もさる事ながら、こちらも怖いです。
私は、日本にいる時は、朝鮮の食品は、触れる事もしません。口に入れる?食べるなんて、論外ですね。
つまり、パラチフスは、半島全体での話しなので、北だけで云々は、片手落ちかも知れません。
北の状態は、もう、文字通り、李朝時代を完全に再現したましたね。アジアプレスの報道は、出色です。ぜひ、ご一読を。
『解放直後の1945年、北朝鮮の各地域に怖ろしい疫病が流行した。それはコレラだった。
解放の喜びもつかの間、人々があちこちで倒れたが、ソ連駐屯軍は政治だけに奔走して、住民の健康などには目も向けなかった。
ところが、その解放から50周年を迎えた1995年の夏、社会が大混乱し無秩序になると必ずはやるという不気味なコレラは、案の定北朝鮮をまた襲った。
88年の夏に平壌で発生した“パラティフス”というわけの分らない消化器病が全国へと拡がっていったが、90年代半ばは、まず餓死者発生と栄養失調という火の粉を消すのに精一杯で、年々罹病率の増加で病院ごとに病棟が設置される程であった。
社会の無秩序と食糧不足による最悪の衛生状況によって生み出されたのであった。
エネルギー、水、およびせっけん・洗剤の不足はもちろんだったが、当時は用便に関する道徳心まで完全に<文明>を失ってしまっていた。
いろいろな家畜を狭い屋内で人と一緒に飼育することも当たり前になった。
そんな家で、食べ物が調理されて市場で売られていく。
一方、郊外の農場では市内の人糞を掻き集めてそのまま野菜畑に播いたり、豚の飼料にしたりして、その生産物を市場に持ち出して売った。
尿の臭いなど様々な悪臭が漂い、市場と鉄道の衛生状態は最悪だった。
鉄道駅は数少ない主要な公衆場所となった。宿泊を求めて集中する放浪者たちが、他人の捨てた食べ物カスを拾い、寝ることもできる唯一の生活拠点になった。毎日発見される縁故者のない死体も駅前には放置されていた。
蠅と南京虫、蚤などあらゆる害虫が、がむしゃらに人々を攻撃した。放浪者の体には普通数百、数千の虱が這い回った。
人を経由する伝染病と害虫、寄生虫の循環回路がフル稼働して、国全体へ高速道路網のように構築された。』(アジアプレス)
『【大紀元22日】デイリーNKの報道によると、北朝鮮一帯にパラチフス、百日咳、奇病 など急性伝染病が流行しており、全国的に拡散する勢いであることが確認されたという。
この報告は、デイリーNK 国境特派員 2人による 3ヶ月間の追跡取材を通じて、繰り返し確認された。
「苦難の行軍時代とまったく同じ。食糧事情が悪く、栄養不足だからあらゆる雑病が流行している。
結核患者は患者扱いも受けないほどである。パラチフスで、女性と年寄りたちが家で病んでいるし、
百日咳にかかって幼稚園や託児所に隔離された子供も多い」− ツェ・ギルニョ氏(仮名:59歳、黄海南道海州) 。
両江道一帯では、病気にかかって屠殺された牛や豚を食べた住民たちの間で、皮膚にでき物ができ、肉が落ちる 「奇病」 患者が発生し、北朝鮮政府を緊張させている。
中国に入国した旅行者たちは、地方 や闇市場での忌まわしい葬儀を目にし、伝染病の名称と症状、発病理由に対してかなり具体的に分かっており、「全国的状況」と把握しているという。
脱北者は、「最近、北朝鮮にいる家族との電話を通じて、肉が腐る病気が流行しているという噂を聞いた」「旅行証明書を承認する時、衛生防疫所で発給した衛生通過証を要求している」と付け加えた。』
http://jp.epochtimes.com/jp/2006/07/html/d50198.html
これは メッセージ 6963 (kittiegeorge さん)への返信です.