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姆渡遺跡は、縄文人の居留地 ③−2

投稿者: kirameku9umi 投稿日時: 2011/08/05 20:10 投稿番号: [69235 / 73791]
もう一つ、最近の考古学調査から判明したこと。

【漆製品の元祖は日本列島にあった】・・・(考古学から見た日本人・大塚初重著)

【日本列島は多湿で酸性土壌のため、遺蹟に残るのは無機質なものがほとんどだ。それでも湿地帯や泥炭層に埋もれた遺蹟からは、まれに植物の繊維や皮から作った織物や編み物の断片が出土し、それらの表面に塗られた漆が膜状に鮮やかに残っていることがある。縄文前期(約7,000 - 5,500年前)から、漆の技術がうかがえるのだ。

実際、これまで多種多様な漆製品が出土しており、山形県の押出遺蹟からは赤漆地に黒で文様を描いた見事な土器が出土している。これは約6000年前と見られ、こうしたすぐれた製品が縄文前期末から作られていたことの意義は大きい。

というのも、日本古代の漆の技術は、古代中国の文化が移入されたもので、その後、仏教美術にともなう漆の高度な利用によって、日本の漆工芸の技術は発達してきたと考えられえてきた。

しかし、縄文前期から漆を利用していたとなれば、漆の技術は縄文人が独自に育んだ固有の文化伝統の一つであると考えられるからだ。

  最古の漆製品は、中国の姆渡遺跡から出土した漆の木椀で約6200年前と言われる。日本列島からも、約6000年前の鳥浜遺蹟(福井県)から美しい漆塗りの櫛や土器が出ている。
ほぼ年代は並行するが、その時差からどうしても中国の姆渡文化の技術が、東シナ海を渡って縄文文化に伝播したというのが一般的な見方だった。

しかし、両者の漆製品を比較すると、その種類の豊富さ、さらに赤漆のほかに黒漆を用いるなど、技術的には中国製より縄文漆の方が格段に優れているのだ。そうなると、漆技術は、日本列島の中で培われた文化伝統だとみた方がいいのではなかろうか。

それを実証するように、2000年8月、垣ノ島B遺蹟(北海道南茅部町)から、腕輪や足飾りなどの漆製品が発見され、6500年前より古い年代であることが判明した。一説には9000年前とも言われ、漆工芸の起源はかなり古い時代にまで遡ることができた。】
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