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Re: 沖縄集団自決の真実  富村順一

投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/05/05 20:46 投稿番号: [68216 / 73791]
漁師が語った赤松隊長

  灰谷さんは次のような話をしました。
「実は私は島に来てから長い。島の戦記を書くために居るんではありません。
この島で骨を埋めたい。だから戦記は書きたくありません。
その理由は、私が書く沖縄戦記はマスコミ関係者が一日か二日滞在して
村民から聞いて書く戦記ではありません。
長い間島に住み込み、四方山話をする中にポッと出る戦記が本当の戦記だと思う。
私は島に住んでから、多くの友達が出来ました。
野菜を持ってくる人、あるいは魚を持ってくる人が沢山居ます。

  ある日のこと、浜辺に坐り込んで沖を眺めている漁師が居ました。
その人は時々僕の所にお魚を持って来ます。
一人しょんぼり胡坐をかいて砂浜に坐っているので、『どうしたんですか』
と訊いたところ、その漁師が『今から40年前のことを思い出しているんです』
と云って話し出したのです。

  『私が小学校二年の時にこの渡嘉敷に敵が上陸しました。
その四、五日前に塩がなかったので、お母さんが海水を汲んで来いと一升瓶
を持たされました。私が海水を汲んで避難場所へ帰ろうとした時、山の上には
赤松隊長が部下の四、五人を連れて沖にいる敵の軍艦を眺めていました。
私を見るなり隊長が「どうしたんだ。艦砲が激しい。危ないじゃないか。
何してるんだ」と訊くので「塩がありませんので、塩の代わりに海水を
汲みに来ました」と話したところ、赤松隊長さんが「倉庫に塩と粉醤油が
あるんじゃないか。この少年に持てるだけ持たせてやりなさい」
と云われたのです。』

  その少年は袋に入った塩とブリキの一斗缶に入った粉醤油を貰ったということです。
当時の少年は粉醤油というものがあることを知らなかったようです。
この一斗缶の粉醤油と塩を持って、島民が避難している壕へ帰り、
塩や粉醤油を皆で分け合って食べたようです」
           ◇
  「このような優しい赤松隊長が島民に対して、
自分の作った芋や野菜も勝手に取ってはいけない、と云ったと本に書いてある
とは悲しいじゃありませんか、灰谷さん」とその漁師は嘆いていたといいます。

  そのような四十数年前のことを漁師は思い出して灰谷健次郎さんに話したようです。
灰谷さんがそのことを沖縄タイムスの牧港さんという方に話していました。
私は二人に背を向けて坐って飲んでいるので私とは知らなかったんでしょう。
話を聞くうちに後ろを向いて
「灰谷さん、富村です。今の話の輪に私も入れて下さい」と云ったら、
牧港さんは吃驚した様子で
「えっ、富村さん ? 」
「そうです。私も話の輪に入れて下さい」と云ったら、牧港さんと一緒に
来た新聞記者と思われる若い人が黙り込んでうつ向いて(ママ)しまったのです。
それから一、二分経ったと思われますが、牧港さんが
「灰谷さん、他に待ち合わせする人が居ますので帰ります。
またタイムスに寄って下さい。私は今、タイムスに毎日出勤してはいません
が、どうぞ寄って下さい」と云って牧港さん達は帰って行きました。


つづく
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