Re: 韓国兵は弱いwwwww
投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2009/02/21 16:09 投稿番号: [50298 / 73791]
そうですね、朝鮮人は歴史上日本人と戦って勝ったことがありません。
元寇の時も主力の高麗兵は対馬や壱岐の一般人相手には無敵の強さを発揮しましたが。
鎌倉武士相手となると日本刀にバッサバッサと斬られ、博多に上陸することすら出来ませんでした。
愚かで恥ずかしい歴史しか持たない民族それが朝鮮人です。
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我々日本人は、元寇について「日本軍は2度の元軍による侵攻において、優勢な元軍の攻撃で苦戦したが、偶然の台風によって蒙古軍の軍船が破壊されたために助かった」という話を必ず聞かされる。そして、多くの者がそのように信じている。この説は、八幡愚童訓という文書にある元寇に関する記述が出典となっている。この八幡愚童訓は、14世紀初頭(成立年代及び成立過程については諸説有り)、筑紫(現在の福岡県)の高良大社という神社の社人が京都に出向き、記録させた八幡信仰の布教用の書物であって、この書物に八幡神が起こした台風が蒙古軍を退散させた主因であると書かれているのである。
一方、敵である高麗の記録「高麗史
金方慶伝」には台風が敗北の主要な原因とは書かれておらず、第一回目侵攻(文永の役)においては、蒙古・高麗軍は奮戦したが、形勢は不利であり撤退を決定して船に乗り込んだ時に運悪く暴風に遭い、多くの軍船が破壊されたとある。また、第二回目侵攻(康安の役)では、対馬・壱岐まではほぼ順調に占領したものの、九州上陸は優勢な日本軍に阻止されてことごとく失敗し、到着が遅れた南宋軍と合流するため壱岐まで撤退したが、日本軍の追撃を受け、ほぼ三ヶ月間海上をさまよううちに、船上では食料の欠乏や伝染病などにより3000人が死亡し、軍船の破損もひどくなり、もはや戦争を行える状態ではなくなっていた。このため、九州上陸を諦めて本国に帰還する建議がなされたが、皇帝(フビライ)の命令に違反するという理由で却下された。その後、南宋軍と合流して九州上陸を再開したものの、台風に遭遇し、さらに日本軍の追撃を受けたと記述されている。中国の史料である元史も、概ね同様の記述がなされている。
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これは メッセージ 50294 (clear_niner さん)への返信です.
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