人類の歴史1/2
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/06 19:40 投稿番号: [48790 / 73791]
投稿者:チー
拓兄さんは研究室で泊まりこみで作業してますから、私が代わってお答えします^^
地球の歴史と人類の歴史
http://www.tctv.ne.jp/koba-y/ooedo/tikyuu.htm
第1章 先史の世界
http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kodai/14-sensi.html
(1)最古の人類
人類の誕生は今日では約400万年前にさかのぼるとされている。人類が猿から進化してきたという、150年ほど前に発表されたダーウィンの進化論は今日では一部の人々を除いて受け入れられ、常識となっている。だとすると、人類の誕生とは猿から進化してきた動物をどの時点から人間と呼ぶかという問題になる。
一般的には、人間と他の動物との違いを、直立して二足歩行すること、道具を作ること(使うことではない)、言葉をしゃべること、火を使うことに求め、これを人類の特性とよんでいる。ただし、この4つの条件をすべて満たさなくても、直立二足歩行、道具の製作の条件を備えれば、これを人類と呼んでさしつかえない。猿がなぜ、どのような過程を経て二足歩行するようになったかは、多くの学者が様々な説を唱えているので本で読んでほしい。
ともあれ、この地球上に猿とも人類とも呼べる動物が登場してきたのが、今のところ(今後さらに古い人骨が発見されることは間違いないが)約400万年前のこととされている。約46億年前とされる地球の誕生から考えると、人類の誕生は地球の歴史を1年間とすると、まだ7時間36分しかたっていないことになる。
現在のところ最古の人類とされているのが、アフリカで発見されたアウストラロピテクス(南方の猿の意味)などの猿人である。猿人はチンパンジーなどの類人猿から人類への進化段階にある人類の祖であり、彼らは直立して二足歩行し、礫石器とよばれる、普通の石と見分けられないような簡単な道具を製作していた。大脳の容量はゴリラと大差がない500cc程(現生人類は1500cc前後)である。
地球の歴史でいうと更新世(洪積世)、いわゆる氷河時代にあたる約50万年前になると、原人が出現してくる。ジャワ原人(ピテカントロプス・エレクタス)や北京原人(シナントロプス・ペキネンシス)などがその代表である。原人になると大脳の容量は平均1100ccで、簡単な言語を使用した。北京の周口店(北京の西南約54km)の石灰洞から1927〜37年の大発掘では北京原人をはじめ、人類や動物の化石が大量に発見された。彼らが火を使用していたことも分かっている。しかし、周口店の発掘は日中戦争の勃発で中止され、北京原人のほぼ完全な頭蓋骨も第二次世界大戦中に行方不明となってしまった。
(2)旧人
約20万年前になると、一層進化した旧人が現れた。その代表がネアンデルタール人である。1856年にドイツで発見され、その後各地で発見されている。骨格は現生人類に接近し、大脳容積も現生人類とほぼ同量の1500cc前後である。彼らは膝を曲げて歩いていたと想像されている。精神生活も以外に発達しており、死者を葬る埋葬の習慣をすでにもっていた。
(3)新人の登場
更新世(いわゆる氷河時代)の末期(約4万年〜1万年前)になると新人(現生人類)が現れた。その代表は1868年に南フランスで発見されたクロマニョン人である。彼らは約3万年前に出現したが、体質的には現代人とほぼ同じであり、現在の我々の直接の祖先と考えられている。
この頃になると、同じ打製石器といっても、以前とは比較にならないほど製作の技術も発達し石器の種類も増えている。さらに石器のほかに骨角器も盛んに使われた。骨角器の使用は従来の石器ではつくれなかった小さい道具、例えば針・釣針などの製作が可能となり、道具の種類も豊富になった。また弓矢も発明され、これによって今までよりはるかに容易に多くの種類の獲物を捕らえることができるようになった。
こうして採集や狩猟・漁労の生活が従来よりはるかに豊かになり、生活にも少し余裕ができてきた。こうしたなかから洞穴美術も生まれてくる。有名な1879年に発見された北スペインのアルタミラの遺跡、さらに1940年に南フランスで発見されたラスコーの遺跡などである。そこには野牛をはじめとする生き生きとした動物の絵が描かれているが、とても1万年以上も前に描かれたとは思えないほどすばらしい。ところがこれらの絵は洞窟の奥のほうに描かれている、ということは洞窟の奥に神聖な場所があって、そこで獲物がたくさん取れますようにという呪術が行われた、そのために描かれたものであろう。
<続く>
拓兄さんは研究室で泊まりこみで作業してますから、私が代わってお答えします^^
地球の歴史と人類の歴史
http://www.tctv.ne.jp/koba-y/ooedo/tikyuu.htm
第1章 先史の世界
http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kodai/14-sensi.html
(1)最古の人類
人類の誕生は今日では約400万年前にさかのぼるとされている。人類が猿から進化してきたという、150年ほど前に発表されたダーウィンの進化論は今日では一部の人々を除いて受け入れられ、常識となっている。だとすると、人類の誕生とは猿から進化してきた動物をどの時点から人間と呼ぶかという問題になる。
一般的には、人間と他の動物との違いを、直立して二足歩行すること、道具を作ること(使うことではない)、言葉をしゃべること、火を使うことに求め、これを人類の特性とよんでいる。ただし、この4つの条件をすべて満たさなくても、直立二足歩行、道具の製作の条件を備えれば、これを人類と呼んでさしつかえない。猿がなぜ、どのような過程を経て二足歩行するようになったかは、多くの学者が様々な説を唱えているので本で読んでほしい。
ともあれ、この地球上に猿とも人類とも呼べる動物が登場してきたのが、今のところ(今後さらに古い人骨が発見されることは間違いないが)約400万年前のこととされている。約46億年前とされる地球の誕生から考えると、人類の誕生は地球の歴史を1年間とすると、まだ7時間36分しかたっていないことになる。
現在のところ最古の人類とされているのが、アフリカで発見されたアウストラロピテクス(南方の猿の意味)などの猿人である。猿人はチンパンジーなどの類人猿から人類への進化段階にある人類の祖であり、彼らは直立して二足歩行し、礫石器とよばれる、普通の石と見分けられないような簡単な道具を製作していた。大脳の容量はゴリラと大差がない500cc程(現生人類は1500cc前後)である。
地球の歴史でいうと更新世(洪積世)、いわゆる氷河時代にあたる約50万年前になると、原人が出現してくる。ジャワ原人(ピテカントロプス・エレクタス)や北京原人(シナントロプス・ペキネンシス)などがその代表である。原人になると大脳の容量は平均1100ccで、簡単な言語を使用した。北京の周口店(北京の西南約54km)の石灰洞から1927〜37年の大発掘では北京原人をはじめ、人類や動物の化石が大量に発見された。彼らが火を使用していたことも分かっている。しかし、周口店の発掘は日中戦争の勃発で中止され、北京原人のほぼ完全な頭蓋骨も第二次世界大戦中に行方不明となってしまった。
(2)旧人
約20万年前になると、一層進化した旧人が現れた。その代表がネアンデルタール人である。1856年にドイツで発見され、その後各地で発見されている。骨格は現生人類に接近し、大脳容積も現生人類とほぼ同量の1500cc前後である。彼らは膝を曲げて歩いていたと想像されている。精神生活も以外に発達しており、死者を葬る埋葬の習慣をすでにもっていた。
(3)新人の登場
更新世(いわゆる氷河時代)の末期(約4万年〜1万年前)になると新人(現生人類)が現れた。その代表は1868年に南フランスで発見されたクロマニョン人である。彼らは約3万年前に出現したが、体質的には現代人とほぼ同じであり、現在の我々の直接の祖先と考えられている。
この頃になると、同じ打製石器といっても、以前とは比較にならないほど製作の技術も発達し石器の種類も増えている。さらに石器のほかに骨角器も盛んに使われた。骨角器の使用は従来の石器ではつくれなかった小さい道具、例えば針・釣針などの製作が可能となり、道具の種類も豊富になった。また弓矢も発明され、これによって今までよりはるかに容易に多くの種類の獲物を捕らえることができるようになった。
こうして採集や狩猟・漁労の生活が従来よりはるかに豊かになり、生活にも少し余裕ができてきた。こうしたなかから洞穴美術も生まれてくる。有名な1879年に発見された北スペインのアルタミラの遺跡、さらに1940年に南フランスで発見されたラスコーの遺跡などである。そこには野牛をはじめとする生き生きとした動物の絵が描かれているが、とても1万年以上も前に描かれたとは思えないほどすばらしい。ところがこれらの絵は洞窟の奥のほうに描かれている、ということは洞窟の奥に神聖な場所があって、そこで獲物がたくさん取れますようにという呪術が行われた、そのために描かれたものであろう。
<続く>
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.