Re: ほう(苦笑
投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2009/01/20 21:43 投稿番号: [47891 / 73791]
>日本稲作の痕跡は3500年前だけど、朝鮮は2000年前だよね?
日本の稲作は6000年です、3500年前は弥生時代の水稲栽培。
中国の周王朝の崩壊に伴う政治的混乱によって入れ墨の習慣を持つ避難民が弥生文化をもたらした。
中国の文献でも日本人は朝鮮から来たとは言っていません。
日本の米の遺伝子は2種類しかない、これは何回も大量の避難民が日本に来たのではなく、限られた数の避難民が来ただけ。
弥生顔・縄文顔と言いますが、弥生時代の始期が最近の炭素分析方により500年早まった。
弥生人の日本定着はこれまで考えられていた縄文人に対する殺戮・侵略ではなく。
縄文人と融和し九州から近畿地方に500年かけて浸透していったと俺は考えています。
『晉書』四夷傳(東夷条)
男子無大小、悉黥面文身。自謂太伯之後。又言上古使詣中國、皆自稱大夫。昔夏少康之子封於會稽、
以前俺のレスに国立大学の農学部の学生さんがレスをくれたので紹介する。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
農学、植物学、生態学の分野では米の伝来ルートについては中国南部から直接伝来したという説が定説でしたが、考古学、歴史学の分野では朝鮮半島経由という考え方が有力でした。
しかし、7,8年前からまず考古学の分野から変化が起き、次第に中国南部から直接伝来した説が有力になって、現在ではほぼすべての学界で定説になっています。また中国の稲作研究界ではむしろ水稲種は日本から朝鮮半島に伝播したという説が有力になっています。
この流れが加速したのは主に2つの理由があります。
遺伝子工学の分野からの研究の成果、もう1つは中国政府機関が20年以上かけて中国北東部で行った品種の調査です。この2つが決定打になり朝鮮半島経由で米が伝来した可能性がなくなりました。
順を追って農学専門家以外の方にも分かるように説明しますと、米には品種特性を決定づける遺伝子が7種類あります。このうち古代から現代に至るまで日本で発見された米の遺伝子は2つしかありません。日本に存在する遺伝子をNO.1とNO.2とします。NO.1とNO.2の遺伝子はそれぞれ温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカという品種の特有遺伝子です。
次に稲作の発祥地である中国はもちろんNO.1からNO.7まですべて揃っています。
朝鮮半島の米はNO.2からNO.7までの6種類が揃っていますが、NO.1だけは存在しません。これは気温が低いと存在できない遺伝子のため中国華北より北では存在できないためです。
この辺の事情は「栽培稲に関する種生態学的研究」(松尾孝嶺著)に詳述されています。
往来が盛んになればなるほど、多くの種類の遺伝子を持つ米が入る確率が高まりますが、日本には2種類しかないのが確認されていて、これが稲作開始の初期から広く分布していることから、米の伝来はごく限られた回数で特定の地域から伝来したと考えられます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10047&thr=10047&dir=d
また朝鮮半島の米はNO.2の遺伝子が70%を占めますので、米が朝鮮半島に導入された初期段階でNO.2の遺伝子が多く伝わっていなければなりません。日本から2種類の遺伝子を持った米が朝鮮半島に渡ったものの、NO.1の温帯ジャポニカ種は朝鮮半島に根付かずNO.2の遺伝子のみが広まり、そこに中国東北部から米が入ってきて、NO.2の遺伝子を持つ米と交雑したと考えると朝鮮半島の米に遺伝子的な説明が付きます。
中国はすべての遺伝子が満遍なくあるので、特定の種類の遺伝子だけを多くして朝鮮半島に伝えるのは無理です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10048
日本の稲作は6000年です、3500年前は弥生時代の水稲栽培。
中国の周王朝の崩壊に伴う政治的混乱によって入れ墨の習慣を持つ避難民が弥生文化をもたらした。
中国の文献でも日本人は朝鮮から来たとは言っていません。
日本の米の遺伝子は2種類しかない、これは何回も大量の避難民が日本に来たのではなく、限られた数の避難民が来ただけ。
弥生顔・縄文顔と言いますが、弥生時代の始期が最近の炭素分析方により500年早まった。
弥生人の日本定着はこれまで考えられていた縄文人に対する殺戮・侵略ではなく。
縄文人と融和し九州から近畿地方に500年かけて浸透していったと俺は考えています。
『晉書』四夷傳(東夷条)
男子無大小、悉黥面文身。自謂太伯之後。又言上古使詣中國、皆自稱大夫。昔夏少康之子封於會稽、
以前俺のレスに国立大学の農学部の学生さんがレスをくれたので紹介する。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
農学、植物学、生態学の分野では米の伝来ルートについては中国南部から直接伝来したという説が定説でしたが、考古学、歴史学の分野では朝鮮半島経由という考え方が有力でした。
しかし、7,8年前からまず考古学の分野から変化が起き、次第に中国南部から直接伝来した説が有力になって、現在ではほぼすべての学界で定説になっています。また中国の稲作研究界ではむしろ水稲種は日本から朝鮮半島に伝播したという説が有力になっています。
この流れが加速したのは主に2つの理由があります。
遺伝子工学の分野からの研究の成果、もう1つは中国政府機関が20年以上かけて中国北東部で行った品種の調査です。この2つが決定打になり朝鮮半島経由で米が伝来した可能性がなくなりました。
順を追って農学専門家以外の方にも分かるように説明しますと、米には品種特性を決定づける遺伝子が7種類あります。このうち古代から現代に至るまで日本で発見された米の遺伝子は2つしかありません。日本に存在する遺伝子をNO.1とNO.2とします。NO.1とNO.2の遺伝子はそれぞれ温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカという品種の特有遺伝子です。
次に稲作の発祥地である中国はもちろんNO.1からNO.7まですべて揃っています。
朝鮮半島の米はNO.2からNO.7までの6種類が揃っていますが、NO.1だけは存在しません。これは気温が低いと存在できない遺伝子のため中国華北より北では存在できないためです。
この辺の事情は「栽培稲に関する種生態学的研究」(松尾孝嶺著)に詳述されています。
往来が盛んになればなるほど、多くの種類の遺伝子を持つ米が入る確率が高まりますが、日本には2種類しかないのが確認されていて、これが稲作開始の初期から広く分布していることから、米の伝来はごく限られた回数で特定の地域から伝来したと考えられます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10047&thr=10047&dir=d
また朝鮮半島の米はNO.2の遺伝子が70%を占めますので、米が朝鮮半島に導入された初期段階でNO.2の遺伝子が多く伝わっていなければなりません。日本から2種類の遺伝子を持った米が朝鮮半島に渡ったものの、NO.1の温帯ジャポニカ種は朝鮮半島に根付かずNO.2の遺伝子のみが広まり、そこに中国東北部から米が入ってきて、NO.2の遺伝子を持つ米と交雑したと考えると朝鮮半島の米に遺伝子的な説明が付きます。
中国はすべての遺伝子が満遍なくあるので、特定の種類の遺伝子だけを多くして朝鮮半島に伝えるのは無理です。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10048
これは メッセージ 47883 (nakanokunogata2008 さん)への返信です.