Re: 1960年に「敗戦の痛手」???
投稿者: blacktea310 投稿日時: 2008/01/21 00:50 投稿番号: [29587 / 73791]
>当時の日本人はまた敗戦の痛手から立ち直れず、日本は永久に2龍谷の地位に甘んじなければならないと言う悲観論が根強く広まっていた。<
それまでの驚異的な戦後復興景気からたった2年揺り戻しがあっただけで、実質的には、岸の経済成長計画の後で、高度成長に入りつつあった60年に、
【敗戦の痛手で、二流国の地位に甘んじる他ない】?なんて話しが(大笑
繰り返すが、
池田の所得倍増を待つまでもなく、戦後の復興、経済成長景気に湧いていたんだよ。
だからこそ、1956年(昭和31年)には、『経済白書』で「もはや戦後ではない」宣言が出されて自信のほどを見せた。
現実に日本の鉄鋼、自動車、造船、化学などは、外国資本、外国援助に頼らない気概を見せて、1950年から53年にかけて、次々と、大型世銀借款、欧米銀行からの借入を実現し、50年頃から大型コンビナート、鉄鋼所の建設を開始。
朝鮮動乱さえなければ、この時点で高度成長に入ったことは間違いないよ。
その4年後に、【敗戦の痛手から立ち直れず、二流国に甘んじるのかという悲観論】?
次々と世銀、米銀から借り入れて、どんどんコンビナートを作り、世界一をめざそうと頑張っていた時に、悲観論?(大笑
>終戦でほとんど全土が灰燼に帰した時から4倍<
殆ど、全土が??
広島、長崎、本州沿岸の工業地帯、東京中心部、下町などが灰燼に帰したが、殆ど全土ではないし、数字を見ても分かるが、復興は戦後5年、1950年までの話し。工業地帯は、55年には、殆ど生産能力は戦前レベルを回復。
15年経っても、【敗戦の痛手】があるわけがない。
これは メッセージ 29585 (tokagenoheso さん)への返信です.
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