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「朝鮮では抵抗し戦う者は全くなかった」

投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/07/24 10:34 投稿番号: [20296 / 73791]
>大清崇徳元年、冬一二月、
寛温仁聖皇帝(豊かな恩恵と、神聖で思いやり深い清の大宗)は、
朝鮮が紐帯関係を破ったために大いに怒り、武力を行使して、東方(朝鮮)へ進撃した。
国内(朝鮮)に入ったら、抵抗して戦う者は全くなかった。<


当時の朝鮮は、なんと二回も!まったく戦いもせずに、惨めに敗北。二回とも、あっという間に首都陥落。そして、人口が数百万人しかいなかった当時に、負けるたびに50万人前後も女子を中心に連れ去られるという体たらく・・・

それから、300年以上経って、李承晩が、まったく同じ事をやって、数日でソウル陥落(笑)。国民多数が北朝鮮により拉致。そのまま、放置(苦笑)。

現在は、敵国であり、中国・ロシアの傀儡国、北朝鮮に、戦いを放棄したまま、呑み込まれつつあります。


>「丁卯胡乱」(1627年)と「丙子胡乱」(1636年)

一六代目の王・仁祖(インジョ)は、先代の光海君が軍備の軍備の充実に努め、満州族の後金(後の清)と明の抗争に対しても、どちらか一方に加担することはなく、中立的な政策をとっていたのを覆し、「向明排金」政策に転換した。
さらに、防衛を整えるという方針も捨てた。

だが、この決定は国が置かれた現状を、客観的に勘案してのものではなかった。
つまり、李氏朝鮮の業病とも言うべきもので、単に前任者の政策に反対しただけのことだった。

この政策の転換は、やがて重大な結果をもたらした。

後金は明と戦っており、後方にある朝鮮の動向を警戒していたから、当然の事ながら、不安を除くことに乗り出した。

一六二七年(仁祖五年)一月十四日、三万人の後金軍が凍った鴨緑江を渡って、朝鮮に侵入した。
朝鮮史は、この戦いを「丁卯胡乱(ジョンミョホラン)」と名付けているが、李氏朝鮮にとって再び大きな禍となった。
「胡(ホ)」は、韓民族が満州人を夷狄と見なしてつけた蔑称である。

朝鮮軍は、はじめから後金軍と戦う気が毛頭なく、逃げることが任務であるように考えていた。国防政策が無いに等しかった。
宗主国の軍が来援することに依存していた。

江華島では、朝臣が和戦をめぐって激論を交わした後に、王が和平論を採択した。

後金も、あくまで明と戦うことを目的としていたから、これを受け入れた。

そして朝鮮は、後金が戦勝国であることを認めた上で、後金を兄、朝鮮を弟とする「兄弟」の盟約に同意した。

盟約は後金に歳幣、つまり年ごとに一定の額の上納金を貢ぐことを約束させられた。こうして、戦うこともなく、後金と講和が成立した。


1633年に、後金は李王朝に、難題を持ちかけた。

後金は朝鮮に軍糧米と兵船を提供することを要求しただけでなく、6年前に合意した「兄弟の関係」を、「君臣の義」に改めるように求めた。

清は満人、モンゴル人、漢人で組織した10万人の大軍からなる朝鮮遠征軍を組織して、1636年12月9日、大宗自らが鴨緑江を渡り、侵入してきた。
清軍は無人の野を行くように、短時間でソウル近郊に到達した。

人祖王の朝廷は、金縛りにあったように動かなかった。
情報の判断は事実に基づくことなく、党派閥の利害によって決められた。

いつもの事とは言え、李朝の暗愚な専制王は、危機に陥れば、ただ狼狽して、どこかへ避難し、後は野となれ山となれだった。

百姓が皆殺しにされようが、餓死しようが、構ったことではなかった。王は派閥に従順でありさえすれば、天上唯一王であり続けられ、幸福が保障されていたからである。

宮廷は「ソウルに清軍がソウルに肉迫」という報せによって、はじめて清軍来襲を認めて、緊急会議を開いた。
明に援軍の派遣を要請する急使を送ることになった。

同時に全国に檄文を飛ばして、百姓達に、清軍を撃退せよと命じた。
朝廷は、狂気に駆られていたとしか言いようがなかった。愚かにも外国に自国の安全を全て委ね、外国には外国の事情があることを考えなかった。
この時、明は既に風前の灯火で滅亡する寸前であった。

人祖王は、百姓に抗戦するよう督促していて、百官を引率して江華島へ向かった。しかし、江華島への道は、すでに清軍によって断たれていた。
仁祖王は、やむを得ず、世子と大君たちを伴って、南漢山城に急いでで避難した。
しかし、清軍は一週間そこそこで南漢山城を包囲した。

1636年12月16日の頃であった。
この時の清軍による朝鮮再侵攻は、朝鮮史では「丙子胡乱」として知られている。<

http://toron.pepper.jp/jp/middle/syndr/horan.html
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