于山国の地区域は 1百里 世宗実録1432
投稿者: amisekat_z 投稿日時: 2008/07/26 13:44 投稿番号: [8870 / 9207]
世宗実録(世宗実録 巻153 地理誌) 江原道 三陟都護府 蔚珍県
世宗実録圏153 地理志江原道三陟都護府蔚珍県(1432年及び 1454年編纂)
于山武陵二島、在県正東海中。
二島相去不遠、風日清明、則可望見。
新羅時、称于山国、一云鬱陵島。
地方百里、恃険不服、智証王十二年、異斯夫為何瑟羅州軍主、謂于山人愚悍、難以威来、可以計服,乃多以木造猛獣、分載戦船、抵其国詐之曰、汝若不服則即放此獣、国人懼来降。
于山と武陵、二つの島が現の正東方海の中にある。
二つの島がお互いに距離が遠くなくて、天気が晴れれば眺めることができる。新羅の時に于山国、または鬱陵島だと称した。
地区域は 1百里で、(人々が) 険しい地形に寄り掛かって従わないので、
智証王 12年、異斯夫が何瑟羅州君主になって早いのを、"于山国人々は愚かで荒しくて威厳では服従させにくいから、優に計巧としてしよう。" してからは、木で猛獣をたくさん作って、戦闘船に分けて積んでその国へ行って欺いて言うのを、"君たちが降伏しなければ、このけだものを解いて食うようにしよう。"したら、その国人々が恐ろしがって来て降伏した。
于山国地区域は 1百里と明らかに
そう世宗実録に記述されておるので、これを前提にしなければならないな、朝鮮が神とも頼む世宗実録の記録になんびとも逆らう事は出来んぞ、
これは メッセージ 8869 (amisekat_z さん)への返信です.
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