領有根拠 あばくぞおー 4弾
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/06/17 18:25 投稿番号: [8477 / 9207]
下條正男・拓殖大教授
「彊界考(申景濬)に引用された輿地志(柳馨遠)と、それを底本にした輿地考(申景濬)にある輿地志の記述を比べることで、分註の信ぴょう性が検証できる。彊界考では『輿地志に云う、一説に于山鬱陵本一島』とした上で、『而(しか)るに、諸図志を考えるに2島なり。一つは則ち其の所謂松島にして、蓋(けだ)し2島ともに于山国』とあるからだ」
「つまり、『而るに』以下は、編者の自説に過ぎないので、輿地志の原本には『于山島と鬱陵島は同じ島』とだけ記され、松島(現・竹島)には言及していなかったことになる。この事実は、彊界考で改ざんの素地が作られ、輿地考では、一段と脚色が進んだということを示す」ー引用ー
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半月城氏には1656年輿地志(柳馨遠)以前に松島の名はすでに朝鮮では認識されていたと述べております、そして輿地志の中で柳馨遠は松島は于山であると叫んでおります、この悲痛なるさけびは当時の朝鮮政府もしかと聞いておるはづですね、しかるに朝鮮政府はこの重大なる日本による侵犯に、何ら抗議しておりません、黙認は是認、朝鮮政府は松島を日本領土と認めたのです。
これは メッセージ 8476 (ninnikumanx さん)への返信です.
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