「卑弥呼」は 「公孫氏」の中国人だった
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/01/10 23:54 投稿番号: [8312 / 9207]
魏志倭人伝」そのものが「日本古伝」では有り
得ないのであるから、彼女についての憶測推理を日本国内に持ち込んで語
ることは、不可能かつ無意味である。
「晋書(しんしょ)」 巻九十七 「四夷伝(よんいでん)」 中に、
[争乱に明け暮れる「倭」に一人の女王が擁立(ようりつ)され王となって
乱が収(おさ)まった。その女王の名を「卑弥呼」と云う。彼女は、かつて
「西晋(せいしん)の始祖・宣帝(せんてい)」に滅ぼされた「公孫氏」で
あった] と明記されている。
彼女の出自氏姓(しゅつじしせい)は、
遼東侯「公孫(こうそん)氏」の繋類(けいるい)であり、日本人ではなく
中国人である。
多くの研究家とか作家などと称す人々が描く、日本人好みの「ロマンのヒ
ロイン的卑弥呼像」は、崩壊せざるを得なくなる。「卑弥呼」を虚構的世界
の所産でなく、厳然たる「史実の存在」として描いていると言えよう。<引用おわり
++
九州は漢の時代「いと郡」と呼ばれた漢の領域だったらしいぞ、それなら卑弥呼が魏との外交に通じていたのは理解できる、
これは メッセージ 8305 (ninnikumanx さん)への返信です.
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