魏の使者が祁馬臺国と卑弥呼を捏造したか
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/01/09 03:21 投稿番号: [8301 / 9207]
陳寿は、勿論、報告書・記録の内容 を勝手に書き換えるような人物ではありませんから、彼が意図的に数字を配置したとは思いません。これらの数字の全てが虚構だとまでは言うつもりもありませんが、その大部分は使者たちの作文なのです。魏の使者が辿り着いたのは、半島の対岸にある北九州までで、その他の国々の記述は、すべて「倭人」あるいは「倭」人から聞いた事柄に基づいた使者の想像も含めた偽りの報告書だというのが今回の結論です。<引用おわり
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邪馬臺国の「邪」は本来「祁(キ)」で「冊府元亀」史書(西暦1013年)に拠って改める。つまり元の名は祁馬臺国(キマタイコク)です、だから邪馬臺国 (ヤマタイコク)は日本には存在しないのかも、推測だが祁連山脈のどこかに祁馬臺国 (キマタイコク)はあるのかもしれない、馬が出てくるが、西域の国ではないのか、魏の使者が祁馬臺国と卑弥呼を苦し紛れに創った作文ではないのだろうか、卑弥呼の卑も西域っぽいが、ともかく魏志東夷伝倭人の条を真実の事だと無条件に信じてしまうのは危険ではある、
これは メッセージ 8299 (ninnikumanx さん)への返信です.
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