狗邪(くや)韓国は三国史記では「金官国」
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/01/06 16:37 投稿番号: [8296 / 9207]
■狗邪韓国
三世紀ごろ朝鮮南端部にあった国家。現在の慶尚南道金海郡にあたる。「狗邪韓国」は魏志倭人伝の表記だが、魏志弁辰伝には「弁辰狗邪国」とあり、また三国史記では、「金官国」、三国遺事では「駕洛国」、日本書紀では「南加羅」と表記されている。
加羅
朝鮮の国名または地域名。加良・駕洛・伽落・伽洛・伽耶などとも書く。
半島東南部第一の河川洛東江の沿岸にあったいくつかの小国を総称して五加羅とか六加羅といい、個別的には阿羅加羅・古寧加羅・星山加羅などといい、それらの諸国は同盟関係にあったことを思わしめるが、中でもおもだった国が二つあった。南の金海の加羅と、北の高霊の加羅である。
朝鮮文献では」この二国は建国の年(42)を同じくし、前者は十三代490年、新羅の法興王19年(532)に、後者は十六代520年、同じく新羅の真興王23年(562)に滅んだとされている。
日本文献では多くの場合、金海の加羅を「南加羅」とし、高霊の加羅を単に加羅と記し、総称の地域名としては韓国(からくに)というが、歴史的には「任那」と記している。(国史大事典)
■「其北岸」の解釈
次の2とおりの解釈がある。
倭の北の岸
朝鮮半島南岸にも倭がいて、狗邪韓国は倭人の国の北岸にあたる。
倭の北の対岸
倭人のいる九州から北を見たとき、倭の対岸にあたる半島南岸に狗邪韓国がある。
『魏志』の「韓伝」にはつぎのような記述がある。
「韓は、帯方の南にあり、東西は海をもって限りとなし、南は、倭と接す。」
これは、韓は、南側では海に接しておらず、陸つづきで倭と接していたと読み取れる。
つまり、朝鮮半島の南端に、倭人の国である「狗邪韓国」があったことになる。<引用おわり
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狗邪(くや)韓国は、現韓国の主張によれば「韓国」の表示があるから古代から我が韓国領土だと言っておるが、狗邪韓国の表現は中国(魏)側から述べられているだけで、朝鮮側の三国史記によると「金官国」と書かれている、つまり
自国の史書では、そこには「韓国」の表示は無いのです、だから韓国の名があろうとなかろうと韓国領土では無いのですよ。
これは メッセージ 8291 (ninnikumanx さん)への返信です.
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