1728年 『粛宗実録 』には安龍福 が証言
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2006/12/27 10:03 投稿番号: [8268 / 9207]
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『粛宗実録』
1728年 に李朝で編纂された書物『粛宗実録 』には、1696年 に朝鮮の安龍福 が鬱陵島での日本人の漁労の抗議に日本へ行った時のことが書かれている。帰国時に朝鮮政府に捕らえられ尋問された時の証言内容で、その中で(安龍福は、「松島は即ち子山島だ。これもまた我が国だ、・・・」と言った。)とある。当時の日本では現在の竹島のことを松島と呼んでおり、これ以外にも「鬱陵島、子山島を以って朝鮮の地界と定めた(日本の)関白の書き付けがある」との記述があることから、韓国では現在の竹島(独島)が于山島である確証だとしている。しかし、安龍福の証言に(・・・倭人はこう答えた。「吾が輩は本、松島に住んでおり、たまたま漁採の為に来ただけだ。・・・」)とあるが、松島は人が住める環境ではない。つまり安龍福は日本人の呼ぶ松島を鬱陵島の近くにあるとされる于山島とし、話をでっち上げたのである。一連の安龍福の証言は他にも事実と合わない内容が多いことから、日本では、当時朝鮮から渡航が禁止されている鬱稜島での密漁の罪を免れようとし事実を過大に脚色した可能性が高いとしている。
この安龍福の松島の発言は後の朝鮮の書記に影響したと考えられ、これが明治時代の日本の記録にまで影響し、現在の竹島問題へと発展している。<引用おわり
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1696年、安龍福 と日本人漁夫のやりとりで、日本人漁夫曰く、わしらは元
松島に住んでいたと安に告げた。17世紀末、朝鮮の安龍福 が日本人の呼ぶ松島(現在の竹島 )が于山島のことだと言うが、彼もその于山島の場所を把握していない、
つまり日本人漁夫が呼ぶ松島とは、人が住める隠岐島松島が一番妥当でしょうか、
これは メッセージ 8266 (ninnikumanx さん)への返信です.
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