1905年以前は朝鮮の実効支配無かった
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2006/12/19 16:54 投稿番号: [8243 / 9207]
http://www.han.org/a/half-moon/hm070.html#No.465
大谷家などの限定された松島(竹島=独島)利用も長続きせず、日朝間の
紛争「竹島一件」を機に日本で竹島(鬱陵島)が放棄されるや、同島もほとんど放棄されました。しかも、何度も書いたように、明治時代になって首相格の太政官までが公式に同島の放棄を確認しました。この時点で、過去のささやかな「実効支配」はすべて水泡に帰したのでは
ないでしょうか?
それを明治政府はよく理解していたとみえ、竹島(独島)領有の閣議決定に際し、200年も前の「実効支配」の実績はおくびにも出さなかったようでした。かわりに「無主地の先占」論法を建前に領有を決定したようでした。しかし、明治政府のホンネは、私が今まで記したように、竹島(独島)は「無主地」どころか朝鮮領と考えていたようですが、それにもかかわらず日露戦争勝利という軍事的必要性から竹島(独島)を編入し、同島を軍事的に占領しました。結局、日本の竹島(独島)編入は、歴史的帰結からではなく帝国主義配慮からであったといえます。
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1905年以前には、朝鮮もフランスもリャンコ島を実効支配した事などただの一度も無く、領有意思もなかったのです、そんな国にわざわざ明治政府がリャンコ島を領域にいれますよと念を押し通告すことなど必要としないのですよ、閣議決定して新聞に載せれば、それに対して抗議なければ、世界列国は承知した事になります、朝鮮政府からも抗議なかったでしょう、
これは メッセージ 8242 (ninnikumanx さん)への返信です.
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