三百年前は蔚珍縣から鬱陵島がよく見える
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2006/10/26 15:01 投稿番号: [8115 / 9207]
http://www.pref.shimane.jp/section/takesima/kouen/04.html
ところがこの「見える、見えない」に関連した事件が今から三百年前に起こっていました。その時は竹島ではなく、鬱陵島の領有権問題が起こっていました。朝鮮政府は自国の領土であるという理由に、この文献を使ったのです。「朝鮮半島の蔚珍縣から鬱陵島がよく見える」と解釈したのです。お分かりですか。ところが、竹島問題が起こると、『東国輿地勝覧』と『世宗実録地理志』の「歴々見える」をどう読んだか。「鬱陵島から于山島(竹島)が見える」と読んだ。だが今から三百年前は、朝鮮半島の蔚珍から鬱陵島が見えると読んでいるのです。これはおかしいです。どちらが正しいか。
鬱陵島問題のときには、外交を担当した対馬藩と朝鮮政府が争い、日本側も朝鮮政府の読み方が正しいと認め、鬱陵島は朝鮮の島であるとしました。その同じ文献を根拠にして、竹島(独島)は、韓国の領土であることを認めることができますか。同じ文献が異なる島の領有権を主張する根拠にされているのです。おかしいと思いませんか。
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三百年前は蔚珍縣から鬱陵島が「歴々見える」と主張し
現在の韓国は鬱陵島からトクト(現竹島)が「歴々見える」と解釈、主張している
その同じ文献をその時々、自国に都合よく使いこなす
狡猾じゃ、
これは メッセージ 8113 (ninnikumanx さん)への返信です.
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