『韓国、19世紀に独島を実効的支配』
投稿者: deatherto 投稿日時: 2006/07/29 20:51 投稿番号: [7931 / 9207]
2006年07月27日
『韓国、19世紀に独島を実効的支配』〜資料を公開
http://nida.seesaa.net/article/21481154.html
日本が独島領有権を公式的な主張を始めた1905年以前から、我が国の漁民達が鬱陵島と独島の近隣海域で操業をして、日本に輸出までもしていたという史料が公開されて関心を集めている。
環境府の鮮于榮俊(ソヌ・ヨンジュン)首都圏大気環境庁長は、『独島の領有権原に対する研究』という題名の博士学位論文で、日本の島根県竹島調査団が1907年に作成した『竹島及び鬱陵島』を公開した。
この本には、1904年と1905年に韓国人達が独島であしかを捕獲して、毎年毛皮800貫(3000kg)ずつを日本に輸出した記録が残っていると鮮于庁長は明らかにした。
これは日本がこれまで1905年に独島を島根県に編入するまで、韓国が歴史上一度も独島を実効的に支配した事が無く、独島の存在も知らずにあしかの存在は勿論、捕獲する事も出来なかった」と主張していた事を正面から否定するものである。
NAVER/YTN(韓国語)
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これって雇っていた朝鮮人が雇い主に送っただけだろう。
岩崎という人物についての詳細が分からなかったが、国際法の「実効支配」の要件を満たしている訳ではない。
詳細不明で相変わらず根拠が薄弱。
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中井養三郎の領土編入願い in 1904
1903年5月、隠岐島に住む中井養三郎が竹島でアシカ漁を始めた。だが、領有権が明確でないために他国とのトラブルなど、不測の事態を招く恐れがあった。間もなく過当競争による乱獲の弊害も出始めた。中井によると、1904年には山口県の岩崎という人物らが鬱陵島の朝鮮人を雇って、竹島でのアシカ漁に参入した。そこで中井は、04年9月29日に竹島の領土編入と貸し下げを内務、外務、農商務省の三省に願い出た。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/5occupation.html
りゃんこ島領土編入並に貸下願
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/5occupation1904liancourt.html
−明治政府が、現在の竹島(韓国名・独島)を日本に編入した経緯は。
「一九〇三年五月、隠岐島に住む中井養三郎が現在の竹島でアシカ漁を始めた。だが、領有権が明確でないために他国とのトラブルなど、不測の事態を招く恐れがあった。間もなく、過当競争による乱獲の弊害も出始めた。中井によると、〇四年には山口県の岩崎という人物らが鬱陵島の朝鮮人を雇って、現在の竹島でのアシカ漁に参入した」
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=105200145
国際法の領域権原の扱い
http://kuyou.exblog.jp/1764655/
『韓国、19世紀に独島を実効的支配』〜資料を公開
http://nida.seesaa.net/article/21481154.html
日本が独島領有権を公式的な主張を始めた1905年以前から、我が国の漁民達が鬱陵島と独島の近隣海域で操業をして、日本に輸出までもしていたという史料が公開されて関心を集めている。
環境府の鮮于榮俊(ソヌ・ヨンジュン)首都圏大気環境庁長は、『独島の領有権原に対する研究』という題名の博士学位論文で、日本の島根県竹島調査団が1907年に作成した『竹島及び鬱陵島』を公開した。
この本には、1904年と1905年に韓国人達が独島であしかを捕獲して、毎年毛皮800貫(3000kg)ずつを日本に輸出した記録が残っていると鮮于庁長は明らかにした。
これは日本がこれまで1905年に独島を島根県に編入するまで、韓国が歴史上一度も独島を実効的に支配した事が無く、独島の存在も知らずにあしかの存在は勿論、捕獲する事も出来なかった」と主張していた事を正面から否定するものである。
NAVER/YTN(韓国語)
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これって雇っていた朝鮮人が雇い主に送っただけだろう。
岩崎という人物についての詳細が分からなかったが、国際法の「実効支配」の要件を満たしている訳ではない。
詳細不明で相変わらず根拠が薄弱。
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中井養三郎の領土編入願い in 1904
1903年5月、隠岐島に住む中井養三郎が竹島でアシカ漁を始めた。だが、領有権が明確でないために他国とのトラブルなど、不測の事態を招く恐れがあった。間もなく過当競争による乱獲の弊害も出始めた。中井によると、1904年には山口県の岩崎という人物らが鬱陵島の朝鮮人を雇って、竹島でのアシカ漁に参入した。そこで中井は、04年9月29日に竹島の領土編入と貸し下げを内務、外務、農商務省の三省に願い出た。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/5occupation.html
りゃんこ島領土編入並に貸下願
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/5occupation1904liancourt.html
−明治政府が、現在の竹島(韓国名・独島)を日本に編入した経緯は。
「一九〇三年五月、隠岐島に住む中井養三郎が現在の竹島でアシカ漁を始めた。だが、領有権が明確でないために他国とのトラブルなど、不測の事態を招く恐れがあった。間もなく、過当競争による乱獲の弊害も出始めた。中井によると、〇四年には山口県の岩崎という人物らが鬱陵島の朝鮮人を雇って、現在の竹島でのアシカ漁に参入した」
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=105200145
国際法の領域権原の扱い
http://kuyou.exblog.jp/1764655/
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