声討
投稿者: annexation_of_korea 投稿日時: 2006/05/27 16:28 投稿番号: [7256 / 9207]
管理人が消しちゃったみたい
別のソース
■月刊『諸君!』2006年4月号「韓流「自己絶対正義」の心理構造」から抜粋しておきましょう。
http://blog.goo.ne.jp/nammkha0716/e/317e65751482acb8a6ccfa72ce314542
韓流「自己絶対正義」の心理構造
http://d.hatena.ne.jp/boutarou/20060306
櫻 以前、呉善花さんと話していたら、「櫻井さん、あなたの話し方では絶対ダメよ」と言われました。「とにかく相手より大きな声と尊大な態度、相手より大げさな形容詞と身振り手振りで非難しないと、韓国では論争に勝てない」と(笑)。
関 もうひとつ付け加えると、相手の話は聞いてはいけない。一方的に自分の言いたいことだけしゃべりまくる。
古 韓国語に「声討」という言葉があるんですよ。声で討つ。
櫻 やはり怒鳴ることが効果的ですか。
関 いやいや、櫻井さんは声が小さければ小さいほどみんなが耳を傾けるんですよ。私のように気の弱い者が怒鳴るしかない(笑)。ただ、先方が実証的歴史事実の積み重ねでは説得されるつもりがないということは認識しておかないといけない。
古 日韓歴史共同研究委員会も似てますよ(笑)。当事者なのであまい詳しくはお話できないのですが、たとえば意見が対立しますね。日本側の研究者が「資料をご覧になってください」と言うと、韓国側は立ち上がって、「韓国に対する愛情はないのかー!」と怒鳴る(笑)。
関 「ない!」と答えてはいけないのですか(笑)。
古 さらに「資料を見てくれ」と言い返すと、「資料はそうだけれど」とブツブツ呟いて、再び「研究者としての両親はあるのかーっ!」と始まるのです。
関 歴史の実証的研究では韓国に勝ち目はないでしょう。事実よりも自分の願望と言うか、「かくあるべき歴史の物語」を優先させるようですから。
(中略)
古 民族的感情を満足させるストーリーがまずあって、それに都合のいい資料を貼り付けてくるだけなんですね。当然、それ以外の様々な資料を検討していくと、矛盾、欠落、誤読がいっぱい出てくる。
櫻 それは、韓国の大学の歴史研究者ですか。
古 イエス。これは韓国の伝統的な論争の流儀であり、思考パターンなのですね。李朝時代の両班の儒教論争も、みなこれですから。
要するに、「自分が正しい」というところからすべてが始まる。しかし、実はこの「自分が正しい」という命題は実証不可能なんです。この思想が突出したものが、北朝鮮の主体思想に他なりません。その本質は何かといえば、「自己絶対主義」にほかならない。したがって、何をやろうと、彼らの「正義」は揺らがないのです。
「自分が世界の中心にあり、最も道徳的に優れている」とするのが、中華思想です。韓国、北朝鮮、中国、それぞれ独自の中華思想を持っている。そして、この「自己絶対主義」の論理をたどっていくと、彼らの社会構造の根幹をなす「宗族」に行き着く。「宗族」というのは、文献上で遡れる自分の先祖に連なる一族のことで、要するに「血族」です。彼らの言う「道徳」とは、この宗族の中だけの道徳であり、正義ですから、宗族以外の人間には何をしても構わない。他の宗族と墓争いをすると、相手の墓を暴き、遺骨から何から全て焼き尽くして、その上に自分の一族の墓を平気で建てる。こうした例が、李朝時代の記録には非常に克明に記されています。
櫻 靖国参拝に関する論議のおおもとにも、そうした他者に対する倫理観の違いがありますね。
関 まさにそうです。自分の祖霊だけが大事で、相手の霊魂などまったく考慮しない。いわんや他国の神社の霊においてをや、です。儒教もまた、この宗族の論理と支えあう論理なのです。(以下略)
■月刊『諸君!』2006年4月号「韓流「自己絶対正義」の心理構造」から抜粋しておきましょう。
http://blog.goo.ne.jp/nammkha0716/e/317e65751482acb8a6ccfa72ce314542
韓流「自己絶対正義」の心理構造
http://d.hatena.ne.jp/boutarou/20060306
櫻 以前、呉善花さんと話していたら、「櫻井さん、あなたの話し方では絶対ダメよ」と言われました。「とにかく相手より大きな声と尊大な態度、相手より大げさな形容詞と身振り手振りで非難しないと、韓国では論争に勝てない」と(笑)。
関 もうひとつ付け加えると、相手の話は聞いてはいけない。一方的に自分の言いたいことだけしゃべりまくる。
古 韓国語に「声討」という言葉があるんですよ。声で討つ。
櫻 やはり怒鳴ることが効果的ですか。
関 いやいや、櫻井さんは声が小さければ小さいほどみんなが耳を傾けるんですよ。私のように気の弱い者が怒鳴るしかない(笑)。ただ、先方が実証的歴史事実の積み重ねでは説得されるつもりがないということは認識しておかないといけない。
古 日韓歴史共同研究委員会も似てますよ(笑)。当事者なのであまい詳しくはお話できないのですが、たとえば意見が対立しますね。日本側の研究者が「資料をご覧になってください」と言うと、韓国側は立ち上がって、「韓国に対する愛情はないのかー!」と怒鳴る(笑)。
関 「ない!」と答えてはいけないのですか(笑)。
古 さらに「資料を見てくれ」と言い返すと、「資料はそうだけれど」とブツブツ呟いて、再び「研究者としての両親はあるのかーっ!」と始まるのです。
関 歴史の実証的研究では韓国に勝ち目はないでしょう。事実よりも自分の願望と言うか、「かくあるべき歴史の物語」を優先させるようですから。
(中略)
古 民族的感情を満足させるストーリーがまずあって、それに都合のいい資料を貼り付けてくるだけなんですね。当然、それ以外の様々な資料を検討していくと、矛盾、欠落、誤読がいっぱい出てくる。
櫻 それは、韓国の大学の歴史研究者ですか。
古 イエス。これは韓国の伝統的な論争の流儀であり、思考パターンなのですね。李朝時代の両班の儒教論争も、みなこれですから。
要するに、「自分が正しい」というところからすべてが始まる。しかし、実はこの「自分が正しい」という命題は実証不可能なんです。この思想が突出したものが、北朝鮮の主体思想に他なりません。その本質は何かといえば、「自己絶対主義」にほかならない。したがって、何をやろうと、彼らの「正義」は揺らがないのです。
「自分が世界の中心にあり、最も道徳的に優れている」とするのが、中華思想です。韓国、北朝鮮、中国、それぞれ独自の中華思想を持っている。そして、この「自己絶対主義」の論理をたどっていくと、彼らの社会構造の根幹をなす「宗族」に行き着く。「宗族」というのは、文献上で遡れる自分の先祖に連なる一族のことで、要するに「血族」です。彼らの言う「道徳」とは、この宗族の中だけの道徳であり、正義ですから、宗族以外の人間には何をしても構わない。他の宗族と墓争いをすると、相手の墓を暴き、遺骨から何から全て焼き尽くして、その上に自分の一族の墓を平気で建てる。こうした例が、李朝時代の記録には非常に克明に記されています。
櫻 靖国参拝に関する論議のおおもとにも、そうした他者に対する倫理観の違いがありますね。
関 まさにそうです。自分の祖霊だけが大事で、相手の霊魂などまったく考慮しない。いわんや他国の神社の霊においてをや、です。儒教もまた、この宗族の論理と支えあう論理なのです。(以下略)
これは メッセージ 7255 (annexation_of_korea さん)への返信です.
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