竹島、尖閣列島、EEZ
投稿者: okinawatorafu2005 投稿日時: 2006/04/01 19:05 投稿番号: [6104 / 9207]
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/senkaku.html
Column of the History
大業6(610)年、琉求国征討。これは『隋書』の記事ですが、支那は、この中に登場する「琉求国」が台湾の事だとし、隋の時代、既に台湾は支那の領土になっていたと主張しています。いや、そればかりではありません。秦漢(前221-後8)の時代には「東」、後漢・三国時代(25-280)には「夷洲」と呼んでいたとし、更には、『尚書』と言う古典に登場する「島夷」は台湾の事であり、四千年も前から台湾は支那の領土であるとまで主張し、その領有の根拠としているのです。正に驚くべき事です。しかし、「東」にしろ、「夷洲」にしろ、更には「島夷」にしろ、それらが台湾を指していると言う明確な証拠は何一つありません。又、「島夷」に至っては、時には琉球(沖縄)、時には東南アジア諸国と領有権を争っている南沙諸島(スプラトリー諸島)や西沙諸島(パラセル諸島)と、その時々の政治状況に応じて、比定地をころころと変えているのです。この様な主張を信用する訳には、到底いかないのです。
台湾は『尚書』の昔から、支那固有の領土である。この様な主張をする支那ですが、実は支那国内の書物には、それを肯定するどころか、逆に否定するものも多々見受けられるのです。例えば、清代に魏源が著した『聖武記』には「台湾は古(いにしえ)より支那に属せず」、同『康煕勘定台湾記』には「台湾は未だ支那の版籍に非ず」、藍鼎元 著『平台記略』には「台湾は宋元の前、ならびて人の知る無し」、施 著『靖海記事』には「台湾の一地は原(もと)化外(けがい:未開地)に属す。土蕃雑処して、未だ版図に入らざるなり」とし、いずれも支那固有の領土では無いと言っているのです。いや、そればかりか、『大清統一志』乾隆(けんりゅう)版に至っては、「台湾は古より荒服の地にて、支那と通ぜず、名は東蕃なり。明代の天啓年間(1621-1627)、紅毛荷蘭夷(オランダ)人に占拠さる」とし、更に続けて「台湾は元来、日本に属す」とさえ書いているのです。つまり、清代の支那に於いては、「台湾は支那固有の領土では無く、康煕帝の時代に清の領土に編入された。それ以前は、日本に帰属していた」と言った「歴史観」に立っており、これが清朝政府における「公式見解」だったと言えるのです。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1za1vcddega1wa4offckdc8gmada4nnneza4ga49_1/6104.html