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韓国の歴史的根拠はどうなりますか

投稿者: okinawatorafu2005 投稿日時: 2006/01/28 21:04 投稿番号: [5842 / 9207]
引用:
朝鮮政府の松島(竹島=独島)認識
LYCOS掲示板「竹島(=独島)の帰属問題」#2381
02/09/23

   朝鮮政府は『新増東国輿地勝覧』(1531)にみられるように、東海には鬱陵
島と于山島の二島があると認識していました。そして朝鮮領の鬱陵島は日本名
が磯竹島、あるいは竹島であるという認識が「竹島一件」交渉過程において日
朝双方で確立しました。

   一方、松島(竹島=独島)のほうはどうでしょうか。松島の名が記された
朝鮮の文献は柳馨遠の「輿地志」(1656)が初出のようです。ただし、この本は
現存しません。それを引用した本に『疆界考』と『東国文献備考』の「輿地考」
があります。『疆界考』も「輿地考」も申景濬が編纂しました。
  『疆界考』(1756)は朝鮮歴代国家の領域を中心に記したもので、筆写本が高
麗大学図書館にあるようです。一方『東国文献備考』(1770)ですが、これは王
命により編纂された百科全書風の文献で文物や制度を解説したものでした。資
料価値が高い文献です。
   この本も現存しませんが、これを増補、出版した『増補文献備考』(1908)
は日本の国会図書館にもあります。この本は増補した部分が明確にされていま
すが、「輿地志」于山島条は増補した部分には入っていません。したがって、
于山島を引用した部分はオリジナルである『東国文献備考』当時の記述のまま
ではないかと思われます。そこに松島はこう記されました。

  「輿地志がいうには、鬱陵、于山は皆于山国の地、于山はすなわち倭がいう
ところの松島である(注1)」

   この認識は「輿地志」(1656)の見方であると同時に、『増補文献備考』が
発刊された1908年当時の認識でもあるといえます。

Trafu:
柳馨遠は「輿地志」(1656)完成前、少なくとも1650年頃は松島の名称を知っていなければ成立はしない本だ、無人島(松島)発見は1643年、松島初渡海は1656年である。それに朝鮮は空島政策、幕府は鎖国を引いていたのだ、つまり松島名称を知り得る可能性はないのです、「輿地志がいうには、于山は倭がいうところの松島である」は捏造でしょうな、そうなると韓国の歴史的根拠はどうなりますか。

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