三国史記(高麗1145年)于山国が初登場
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/08/12 14:56 投稿番号: [5601 / 9207]
引用:
http://www.han.org/a/half-moon/hm094.html#No.690 半月城通信
本題の于山国の歴史ですが、朝鮮の正史に登場したのは『三国史記』
が最初でした。この史書は高麗時代の1145年に編纂されたのですが、于山国は
こう記述されました(注2)。
三国史記巻四
智證王
13年(AD512)夏6月、于山国が服属してきて、年ごとにその地の産物を貢ぎ
物として献上した。于山国は溟州の真東の海上にある島国で、別名を鬱陵島と
いう。この島は、百里四方ほどで、それまでは交通が困難であることをたのみ
として服属しなかった。伊喰(注3)の異斯夫が何瑟羅の軍主となった。かれ
は、于山国の人たちは思慮が浅くて気性が荒々しく、武力だけでは降伏させら
れないが、計略をもってすれば、服属させることができると考えた。(そこで)
多くの木製の獅子像を作り、戦船にわけてのせた。その国の海岸につくと、偽
って次のように言った。
「お前たちがもし服属しないならば、この猛獣を放って、踏み殺させるぞ」
(このことを聞いて)この国の人々は恐れおののいて、降伏した。
沖の:
三国史記の中では
于山国 は別名を鬱陵島という,ただこれしか書かれていません,つまりこれ以上の事はかかれてはいないのです,このこと頭にしっかり入れておこう,
これは メッセージ 5596 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
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