安龍福の言葉が「歴史的証拠」に成った
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/08/02 17:21 投稿番号: [5557 / 9207]
引用:
実は元禄6(1693)年4月に連れ去られた韓人の一人、安龍福が絡んでいる。安龍福は朝鮮に戻されてから、禁じられていた鬱陵島渡海の罪を逃れようと、対馬藩主に鬱陵島と于山島を朝鮮領として認めさせたという、でっち上げの証言をする。
その中で安龍福は、鬱陵島で漁をしていた「倭人ども」が松
島から来たというので、「松島は于山島だ。これも我が朝鮮の 地だ」と言い、さらに松島、すなわち于山島に出向いて「倭人たち」を追い出したという証言をしている。実際には安龍福は日本に連行されただけで、于山島にも松島(現在の竹島)にも 行っていない事が日本側の記録で明らかになっている。
このほら吹き漁師の言葉が朝鮮の史書に残され、竹島が于山 島で古来からの朝鮮の領土だったという「歴史的証拠」とされたのである。いまや鬱陵島では「安龍福将軍」として記念碑が 建てられ、記念館では「将軍」が日本人を追い払う姿がジオラマで展示されている、という。
おきの:
安龍福は、鬱陵島で漁をしていた「倭人ども」が松
島から来たというので、「松島は于山島だ。これも我が朝鮮の 地だ」と言い,,,
つまり安は『松島』という言葉を倭人からこの時初めて聞き,その島を確認もしないでその場で即座にリアルタイムにその松島は朝鮮の于山島だといっている,島を確認してから云えば説得力もあるが,実にいいかげんである
だから安は適当にでまかせで,かまかけて云ったのでしょう,
これは メッセージ 5550 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
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