日本の屈辱外交の成果
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/04/05 22:58 投稿番号: [4151 / 9207]
河野洋平外務大臣と言う名前は是非とも全国民に再びこういう愚かな今日の中国や韓国からの言われ無き、しつこい干渉の追及の種蒔き人間を忘れせて欲しくは無いのです。
河野洋平は例の訳の分からない、屈辱的な2000年10月北朝鮮に対する50万トンを越える食糧支援を支持した(金額にすると1200億円)を発表して今までと違う無意味な国際常識を覆す愚かな行為でした。
考えると是は’日朝間には何の進展に関係無い単なる米国のクリントン支持の為としか思えない。
拉致もミサイルも領海侵犯も国際社会に訴えてきた態度が変化して、今までのことはさっぱり忘れて友好条約締結に向けて絞る方向転換としか映らない態度でした。国家としての原則主義が変更されたと思われる行動でした。
「20世紀に起こった問題は20世紀中に解決しなければならない」と言うスローガンで自民党の河野洋平、野中広務幹事長、亀井静香政調会長らが2000年と言う年度にしがみ付き強引に国際社会から誤解を招く奇妙な無意味なしかし貴重な米支援をした。
当時はクリントンが中東和平を推進して失敗し次なる標的に朝鮮問題の核疑惑に手をつけ始めた時期だった。2000年11月に米の大統領選挙が行われ2001年1月にブッシュ新政権が誕生した。
止れ!日本の政治は米国の大統領選挙の年の度に可笑しな行動を外交でも繰り返してきたのです。92年、96年もです、この92年が後悔と手遅れと情報下手で屈辱的な痛恨を世界に対しても笑い者となった。
あの「従軍慰安婦問題」宮沢内閣の元の河野洋平外務大臣が「慰安婦の強制連行には当時の日本政府も関った」と発言した。という事を何の根拠も無く発言して日本の国としての立場を多いに失いました。
未だに幾ら否定してもその言葉は一人歩きどころか大勢の仲間と連れ立って大合唱しています。この食糧支援は2000年初めから計画されてて6月頃の南北首脳会談が一つの流れとなり是までに無い速さで決まって行った。
「米国鬼の居ぬ間に」と言う間隙を縫う作戦だった。外交のプロとか言う外務省が外務大臣河野洋平の一存で確信も無く命令通りに唯々諾々と食糧支援したり、ありもしなかった慰安婦強制連行に当時の政府が関るなどと言う放言も黙認してきているのも、一帯の出来事は国益で裏取引して、拉致日本人全員解放の勝算が有るからだろうか・・・と当時は未だ外務省を私達日本国民は信用していました。
結局は外務省や政府は北朝鮮に対して 無原則な(出たとこ勝負という博打外交、国益も将来も考えない、予定の未定の不確実な外交)交渉を継続していた。
しつこいかもしれませんが、是はきちんと文字に明確に記して全ての日本人に記憶を留めてもらわねばいけない痛恨の失敗外交史です。
こういう馬鹿で愚かな政治家や政府を私達は選びあらゆる政事を委ねてきたのです。
毎日、情報量が地球規模で増大していますが重要な事は過去からの連続した正しい記憶が現状を正しく捕らえる方法です。来年は日本も選挙になります。しっかりと目を開き日々気をつけて情報を読みましょう。(YK生)
河野洋平は例の訳の分からない、屈辱的な2000年10月北朝鮮に対する50万トンを越える食糧支援を支持した(金額にすると1200億円)を発表して今までと違う無意味な国際常識を覆す愚かな行為でした。
考えると是は’日朝間には何の進展に関係無い単なる米国のクリントン支持の為としか思えない。
拉致もミサイルも領海侵犯も国際社会に訴えてきた態度が変化して、今までのことはさっぱり忘れて友好条約締結に向けて絞る方向転換としか映らない態度でした。国家としての原則主義が変更されたと思われる行動でした。
「20世紀に起こった問題は20世紀中に解決しなければならない」と言うスローガンで自民党の河野洋平、野中広務幹事長、亀井静香政調会長らが2000年と言う年度にしがみ付き強引に国際社会から誤解を招く奇妙な無意味なしかし貴重な米支援をした。
当時はクリントンが中東和平を推進して失敗し次なる標的に朝鮮問題の核疑惑に手をつけ始めた時期だった。2000年11月に米の大統領選挙が行われ2001年1月にブッシュ新政権が誕生した。
止れ!日本の政治は米国の大統領選挙の年の度に可笑しな行動を外交でも繰り返してきたのです。92年、96年もです、この92年が後悔と手遅れと情報下手で屈辱的な痛恨を世界に対しても笑い者となった。
あの「従軍慰安婦問題」宮沢内閣の元の河野洋平外務大臣が「慰安婦の強制連行には当時の日本政府も関った」と発言した。という事を何の根拠も無く発言して日本の国としての立場を多いに失いました。
未だに幾ら否定してもその言葉は一人歩きどころか大勢の仲間と連れ立って大合唱しています。この食糧支援は2000年初めから計画されてて6月頃の南北首脳会談が一つの流れとなり是までに無い速さで決まって行った。
「米国鬼の居ぬ間に」と言う間隙を縫う作戦だった。外交のプロとか言う外務省が外務大臣河野洋平の一存で確信も無く命令通りに唯々諾々と食糧支援したり、ありもしなかった慰安婦強制連行に当時の政府が関るなどと言う放言も黙認してきているのも、一帯の出来事は国益で裏取引して、拉致日本人全員解放の勝算が有るからだろうか・・・と当時は未だ外務省を私達日本国民は信用していました。
結局は外務省や政府は北朝鮮に対して 無原則な(出たとこ勝負という博打外交、国益も将来も考えない、予定の未定の不確実な外交)交渉を継続していた。
しつこいかもしれませんが、是はきちんと文字に明確に記して全ての日本人に記憶を留めてもらわねばいけない痛恨の失敗外交史です。
こういう馬鹿で愚かな政治家や政府を私達は選びあらゆる政事を委ねてきたのです。
毎日、情報量が地球規模で増大していますが重要な事は過去からの連続した正しい記憶が現状を正しく捕らえる方法です。来年は日本も選挙になります。しっかりと目を開き日々気をつけて情報を読みましょう。(YK生)
これは メッセージ 1 (scapin_677tx さん)への返信です.
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