教育、の本質には性善説あり。
投稿者: henntekoryuzaki13ryuzaki 投稿日時: 2008/03/04 21:48 投稿番号: [6980 / 8733]
choito,kusaikotowokakasetemoraimasuga
私は、教育の本質は、、そう本質には、絶対に性善説があるべきと思っています。
性悪説の人は、教育の可能性を信じていないと思う。
この、くそガキの本質を、善なるものと信じ,善なるものと見抜いてこそ、、子供たちは育つものだと思っている。
子供のセイゼン性を信じているから、しかる事ができるのだ。
私の教育論は、厳しいですが、、それは、悪なる物を直すためではなく、、本質の善を、祈りだすために、、厳しく鍛えるのです。
「教育の可能性を信じない人は、人の可能性を信じていない」
教育の可能性を信じるとは、子供の善性を信じること。
子供の善性を信じて付き合うということは、、信仰に近い世界だ。
子供の善性を、信じて信じて信じて、拝み倒して、復活させ、、何が何でも信じて、、子供を悪から守り、、優しい愛いの感情の元に厳しさを持ち、信じることによって、、子供を無理やりにでも復活させる。
これは、タオの世界だ。
私は、ャンキー先生に、総理大臣をやってもらいたいのです。
ヒサシブリに、下から這い上がってきた英雄を見た感じだ。
人の善性を信じていない教育者は去れ!
運子の格言、、
「教育とは信仰だ」
これは メッセージ 6900 (hatiwandiver81diver13 さん)への返信です.
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