「平和」的に話す 「会話」の困難さ-1
投稿者: anywhere_you_want_to_go 投稿日時: 2003/04/08 21:57 投稿番号: [1000 / 8733]
以下は、「平和」に貢献できうるものなのでしょうか?
なにかに、役立てることはできないものでしょうか?
対立的でもかまいません。
みなさまのご意見、お考え、ご感想、くださったなら うれしく思います。
……………
話はわかるが、腹が立つ!! ムカ!
「感情」は、 敵なの? 味方なの?
いるもの? いらないもの?
……………
・「平和」的な
※フィルター・解釈のあり方・概念・アプローチの仕方
・かかわり方・ものの見方・価値観・概念は、
・話している「内容・議論の中心・本音」と
・話を伝えようとする「感情の起伏の伴った伝え方」
(もともと人間にそなわっている湧き上がる感情の起伏)と
このふたつの側面を !同時に! 別々に分けて認識し、
「内容・議論の中心・本音」から意識をそらさずに、
できることなら○×△□… 「感情の起伏」にふりまわされることなく、
中立的な平常心をつとめて 客観的・冷静 に
事の成りゆきを選択してゆくことを必要としているのかもしれません。
…別々に分けて認識するものを !同時に!処理しようとするため、
『 会話 』のような リアルタイムで行われる
伝える手段(意思伝達の方法)
は、非常に困難を伴うのかもしれません。
-------------------------------- -
≪ 「会話」という 意思伝達・伝える手段 … ≫
「ぺちゃぺちゃくちゃくちゃ ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ…」
「でもでもでも、」「いやいや」「ちょっと」「え〜」「なんだったっけ?」「まいっか…」
・日常的に 話される『 会話 』には、流れがめまぐるしく変化しながら、
短時間に、多くの情報が、感情を伴ってやりとりされているのかもしれません。
……………
・自分の「感情の起伏」を認識し…、 それを手がかりに >>>
「自分の本音は何を伝えたいのか?」
主観的な自分を確認しながら、
その一方で…
・より客観的で、より冷静な自分を努めながら、
「この会話の本題は なんなのだろうか?」
「相手の本音は なにを伝えようとしているのだろうか?」
「双方納得のゆく手立ては どうあるのがよいのだろうか?」
本音の核心にわけいり、
今後の可能性を模索しながら、
意識を 「感情」 と 「分析」 に集中しつづけることは、
とても煩雑な作業を必要とするのかもしれません。
『 会話 』がエキサイトしてくると さらにエネルギーが膨らみ、
より大きく「感情の起伏の伴った伝え方」に、話の内容よりも、
とにもかくにもさしあたって 目の前にあるエネルギー に対処しようと、
意識は より「感情」の方へと固定されてゆくのかもしれません。
と同時に 『 会話 』は 話されると同時に消えてゆきます。。。。
……………
・形を捉えることができない
『 会話 』という 意志伝達・伝える手段 は、
本音の核心にわけいり、今後の可能性を模索しながら
建設的に本題を組み立ててゆくのには、
より困難を伴ってしまうものなのかもしれません。
・それは、車を運転しながら、
車の修理をしようとしているものなのかもしれません。
スープを口の中で味わいながら、
味についてしゃべろうとしているようなものなのかもしれません。
……………
伝える手段(意思伝達の方法) 自体を、より容易なものにするために、
「話の内容・議論の中心・本音」
と
「感情の起伏の伴った伝え方」
とを、
一度「意図的」に 別々に分ける 緩衝的な媒体 をはさむことで、
「話の内容・議論の中心・本音」に
意識を集中し「事の成りゆきを選択してゆくこと」を、
より容易にしてゆくのかもしれません。
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なにかに、役立てることはできないものでしょうか?
対立的でもかまいません。
みなさまのご意見、お考え、ご感想、くださったなら うれしく思います。
……………
話はわかるが、腹が立つ!! ムカ!
「感情」は、 敵なの? 味方なの?
いるもの? いらないもの?
……………
・「平和」的な
※フィルター・解釈のあり方・概念・アプローチの仕方
・かかわり方・ものの見方・価値観・概念は、
・話している「内容・議論の中心・本音」と
・話を伝えようとする「感情の起伏の伴った伝え方」
(もともと人間にそなわっている湧き上がる感情の起伏)と
このふたつの側面を !同時に! 別々に分けて認識し、
「内容・議論の中心・本音」から意識をそらさずに、
できることなら○×△□… 「感情の起伏」にふりまわされることなく、
中立的な平常心をつとめて 客観的・冷静 に
事の成りゆきを選択してゆくことを必要としているのかもしれません。
…別々に分けて認識するものを !同時に!処理しようとするため、
『 会話 』のような リアルタイムで行われる
伝える手段(意思伝達の方法)
は、非常に困難を伴うのかもしれません。
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≪ 「会話」という 意思伝達・伝える手段 … ≫
「ぺちゃぺちゃくちゃくちゃ ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ…」
「でもでもでも、」「いやいや」「ちょっと」「え〜」「なんだったっけ?」「まいっか…」
・日常的に 話される『 会話 』には、流れがめまぐるしく変化しながら、
短時間に、多くの情報が、感情を伴ってやりとりされているのかもしれません。
……………
・自分の「感情の起伏」を認識し…、 それを手がかりに >>>
「自分の本音は何を伝えたいのか?」
主観的な自分を確認しながら、
その一方で…
・より客観的で、より冷静な自分を努めながら、
「この会話の本題は なんなのだろうか?」
「相手の本音は なにを伝えようとしているのだろうか?」
「双方納得のゆく手立ては どうあるのがよいのだろうか?」
本音の核心にわけいり、
今後の可能性を模索しながら、
意識を 「感情」 と 「分析」 に集中しつづけることは、
とても煩雑な作業を必要とするのかもしれません。
『 会話 』がエキサイトしてくると さらにエネルギーが膨らみ、
より大きく「感情の起伏の伴った伝え方」に、話の内容よりも、
とにもかくにもさしあたって 目の前にあるエネルギー に対処しようと、
意識は より「感情」の方へと固定されてゆくのかもしれません。
と同時に 『 会話 』は 話されると同時に消えてゆきます。。。。
……………
・形を捉えることができない
『 会話 』という 意志伝達・伝える手段 は、
本音の核心にわけいり、今後の可能性を模索しながら
建設的に本題を組み立ててゆくのには、
より困難を伴ってしまうものなのかもしれません。
・それは、車を運転しながら、
車の修理をしようとしているものなのかもしれません。
スープを口の中で味わいながら、
味についてしゃべろうとしているようなものなのかもしれません。
……………
伝える手段(意思伝達の方法) 自体を、より容易なものにするために、
「話の内容・議論の中心・本音」
と
「感情の起伏の伴った伝え方」
とを、
一度「意図的」に 別々に分ける 緩衝的な媒体 をはさむことで、
「話の内容・議論の中心・本音」に
意識を集中し「事の成りゆきを選択してゆくこと」を、
より容易にしてゆくのかもしれません。
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これは メッセージ 1 (marimari20026 さん)への返信です.
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