“平和ボケ”のお部屋

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ファルージャと戦争の現実3

投稿者: lovepeacemama 投稿日時: 2004/11/08 13:25 投稿番号: [8380 / 17759]
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Falluja, April 2004 - the book
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-cce7a5336650f0e59f53f2858ba8e97d.h tml
より転載
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(つづき)

ファルージャでは,いつも必ずどこかで砲弾の音がしているような状態だった。時々,小さな,高ピッチの音で砲弾の音が中断する。ムジャヒディーンたちの,手持ちの迫撃砲だった。数分でもそれが続くと,そんなこといちいち気にしてはいられなくなる。けれども,むろん,完全にというわけにはいかない。私などは,今日になっても,雷鳴がすれば即座に4月10日のファルージャの埃っぽい市街に戻ってしまうことがよくある。

砲弾のほか,戦闘機が500ポンド,1000ポンド,2000ポンドといった爆弾を投下していたし,1分もかけずに市街の1ブロックを完全に破壊してしまう能力のあるあの血なまぐさいAC-130 Spectre gunshipsがきていたが,さらに海兵隊は,町全体に狙撃兵を配置していた。

何週間にもわたって,狙撃兵の発砲がノー・マンズ・ランドを飛び交い,ファルージャは分断され,どちらからも入ることのできないポケットのようになっていた。

狙撃兵はだれかれ構わず,動くものなら何であっても,発砲していた。数時間の間に診療所に運ばれてきた20人のうち,「戦闘年齢の男性」は5人だけだった。高齢の女性たち,高齢の男性たち,10歳の子どもが,頭を撃ち抜かれていた。もうどうにもできない,と医師たちは私に言った。バグダードなら何とか救えるかもしれないけれども,と。

狙撃兵が区別をはっきりさせていた唯一のもの,それは救急車だった。私が目にした救急車はどれもこれも,銃弾による穴があいていた。私が仔細に見た2件は,はっきりと,狙い澄まして狙撃したことを示す証拠があった。負傷者を集めるために出ていった私の友人たちは,狙撃された。

(つづく)
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