戦前と戦後(続き分限、分相応)、
投稿者: sanzokuooeyamanonusi 投稿日時: 2003/02/13 15:27 投稿番号: [408 / 17759]
続きとしてどうしてもレスしておきたい事があるので、それは分限、分相応と言うように分に関して。
分というと身分を思い浮かべるが、分限者に金持ちあるいは資産家という意味があり、日本では戦前はもとより江戸時代より重んじてきた。かくゆうわし自身もよく父母、祖父母から言われたものだ。
日本では戦前国家として分を弁えず、戦後個人として分を弁えず、それが日本を悪くしてきたと思えるからのぅ。
日本は戦前国家として弱小な経済力しか持っていなかった、それにも関わらずアメリカ、イギリスの軍事力と張り合おうとした。当時列強と言われた国家にはオランダ、イタリアが存在していたが、分相応に軍事力特に海軍力をこれらの国家のレベルにしようとはしなかった。
わしは富国強兵策が間違っていたのではなく、強兵政策のみ力を入れすぎ分不相応な目標のためあまりにも国民の豊かさを犠牲にしてきた、それこそが国家として誤りでわないかと思うがのぅ。
本来その国の文化は国民の豊かさが必ず繁栄されている、戦前はそれが無視されてきたのでわないかのぅ。
ひるがえって戦後はどうか戦後は逆にアメリカ流の消費文化を良しとし、バブルがはじけて日本人自身の分不相応ぶりが明らかになった。金もないのにブランド品を買いあさり、大きな家を求めてボーナスまでローンに組み込み個人破産する者が続出している。
しかしその一方国家はどうかといえば、日本には国力からいえば、中国、北朝鮮を凌ぐ経済力・国力を持ち、相応の軍事力・警察力をもって、軍事問題、テロ、相手国からの脅し・恫喝に対応できるのでわないか。それを怠ってきたところに日本の問題があると思うがのぅ。
わしは日本が国民、国家を問わず分限、分相応ということが欠けている、江戸時代以後、特に戦後必要だと思うがのぅ。
これは メッセージ 402 (sanzokuooeyamanonusi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20_1/408.html