Re: 民主主義のレトリック ①
投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2011/07/26 00:30 投稿番号: [17047 / 17759]
assaraamaaleicomnjpさん、こんばんは。
なかなか手厳しいご意見を頂戴致しました。(笑)
●>国民、県民、市民の意見は常に行政(もしくは為政者)の都合によってねじ曲げられ、無視され、反古にされてきたというのがここのところの私の感じるところです。
もちろん私も、現在の日本の行政システムが完全無欠とは思いません。
しかし、だからといって有権者の意見が為政者の都合によって恒常的に捻じ曲げられているとはさらに思いません。
国政を例にとれば、政権が公約を蔑ろにしたり、国民の信頼を裏切ったり、国益に反するようなことをすれば、たちどころに大きな非難を浴びて内閣支持率が急落し、ついには政権運営が不可能になるという事態を、われわれは過去数年間、何度も見てきたはずです。
いま菅内閣がこれほど苦しんでいるのも、そうした国民の厳しい視線ゆえではありませんか?
ましてや、地方自治体の首長選挙は、内閣総理大臣の指名とは違って、有権者の意向が直接反映される公選制です。
assaraamaaleicomnjpさんの個人的な感覚を否定するつもりはありませんけれども、おっしゃっていることが私にはまったく理解できません。
●>自治体の政策については、その自治体の有権者の影響の及ぶ範囲のことを広範に考えるべきで、ことを矮小化して、一自治体に限定的に区切って決定されたことを他の自治体にまで拡大施行すべきではない
私、そんなこと申しあげておりませんよね?
前回の投稿で書かせていただいたのは、「Aという自治体が原発誘致を受け容れたのは、A自治体の有権者がリスクとメリットを比較考量した結果であり、そのこと自体を近隣のB自治体が非難する権利はない。もしA自治体に所在する原発について、B自治体に意見があるのならば、それはB自治体あるいはB自治体が所属する都道府県レベルの議会で主張すべきだ」ということです。
●>ですから常に流動的であることが必然なのではないでしょうか?間違えていれば正せばいいのですよ。その都度正せるシステムにかえればいいことではないですか?
だからこそ私は「民主主義のもとでは選挙を通じていくらでも政権交代が可能なのだから、それを最大限に活用すべき」と申しあげました。
それに対するあなたのお答えが「おめでたい」では、私としては当惑するしかありません。
●>なんでここで「国民」に非があるとなるのかがわかりません。
別に“非”があるなどとも申しあげておりませんよ。
選挙権は文字どおり権利であって、義務ではないのですから、行使しなかったからといって非難される筋合いは何もありません。
ただし、自分の意思で権利の上に眠った以上、その結果責任は受け容れるべきであることも民主主義においては自明のことです。
●>やはり、投票率を低くした方が都合のいい人は誰か?とか、それがどういう方法によって行われているのか?ということなどを、真剣に考えた方が、日本をよくする為にはよほど早道のような気が、私にはしますけどね。
あなたは日本の低投票率は、それによって政治的に得をする人間が意図的に作り出しているとお考えになるわけですか?
その根拠は何でしょうか?
そしてそれは誰が、どのような方法によって行なっているのでしょうか?
(つづく)
なかなか手厳しいご意見を頂戴致しました。(笑)
●>国民、県民、市民の意見は常に行政(もしくは為政者)の都合によってねじ曲げられ、無視され、反古にされてきたというのがここのところの私の感じるところです。
もちろん私も、現在の日本の行政システムが完全無欠とは思いません。
しかし、だからといって有権者の意見が為政者の都合によって恒常的に捻じ曲げられているとはさらに思いません。
国政を例にとれば、政権が公約を蔑ろにしたり、国民の信頼を裏切ったり、国益に反するようなことをすれば、たちどころに大きな非難を浴びて内閣支持率が急落し、ついには政権運営が不可能になるという事態を、われわれは過去数年間、何度も見てきたはずです。
いま菅内閣がこれほど苦しんでいるのも、そうした国民の厳しい視線ゆえではありませんか?
ましてや、地方自治体の首長選挙は、内閣総理大臣の指名とは違って、有権者の意向が直接反映される公選制です。
assaraamaaleicomnjpさんの個人的な感覚を否定するつもりはありませんけれども、おっしゃっていることが私にはまったく理解できません。
●>自治体の政策については、その自治体の有権者の影響の及ぶ範囲のことを広範に考えるべきで、ことを矮小化して、一自治体に限定的に区切って決定されたことを他の自治体にまで拡大施行すべきではない
私、そんなこと申しあげておりませんよね?
前回の投稿で書かせていただいたのは、「Aという自治体が原発誘致を受け容れたのは、A自治体の有権者がリスクとメリットを比較考量した結果であり、そのこと自体を近隣のB自治体が非難する権利はない。もしA自治体に所在する原発について、B自治体に意見があるのならば、それはB自治体あるいはB自治体が所属する都道府県レベルの議会で主張すべきだ」ということです。
●>ですから常に流動的であることが必然なのではないでしょうか?間違えていれば正せばいいのですよ。その都度正せるシステムにかえればいいことではないですか?
だからこそ私は「民主主義のもとでは選挙を通じていくらでも政権交代が可能なのだから、それを最大限に活用すべき」と申しあげました。
それに対するあなたのお答えが「おめでたい」では、私としては当惑するしかありません。
●>なんでここで「国民」に非があるとなるのかがわかりません。
別に“非”があるなどとも申しあげておりませんよ。
選挙権は文字どおり権利であって、義務ではないのですから、行使しなかったからといって非難される筋合いは何もありません。
ただし、自分の意思で権利の上に眠った以上、その結果責任は受け容れるべきであることも民主主義においては自明のことです。
●>やはり、投票率を低くした方が都合のいい人は誰か?とか、それがどういう方法によって行われているのか?ということなどを、真剣に考えた方が、日本をよくする為にはよほど早道のような気が、私にはしますけどね。
あなたは日本の低投票率は、それによって政治的に得をする人間が意図的に作り出しているとお考えになるわけですか?
その根拠は何でしょうか?
そしてそれは誰が、どのような方法によって行なっているのでしょうか?
(つづく)
これは メッセージ 17044 (ass*r*ama*le*comnj* さん)への返信です.
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