イラク問題 kotori730さん Ⅰ
投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2003/07/13 17:25 投稿番号: [1631 / 17759]
>HNが違うようですが・・・・・・。
うっかりしていました。このHNのままにしておきます。
>>日本に対してアメリカが行った戦争は止むを得なかったと思うのではないでしょうか。
>ここから ぜんぜん違います。私には原爆を落としたアメリカの行為を止むを得なかったと思えるあなたが不思議です。
「原爆を落としたアメリカの行為を止むを得なかった」とはどこにも書いてませんが。
アメリカが日本の無謀な軍事政策に終止符を打つべく、開戦したことについて述べているだけです。
終戦の仕方は原爆でなくとも色々選択肢はあったでしょう。
以上でこの話は終わり。
では原爆について、一言述べておきましょう。
原爆が投下されたときの状況を考えてください。
私の母は原爆が投下されたとき、空襲警報を聞いて防空壕に避難していたそうですが、はるか遠く
離れているはずの防空壕の中まで爆風が感じられたということでした。
原爆を積んだ米軍機が上空を通ったので空襲警報が鳴ったのです。
そういう話を聞いて育ちましたし、幼稚園の頃から「原爆の歌」
(ふるさとの町焼かれ 身寄りの骨うめし焼け土に 今は白い花さく あぁ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を われらの町に)
を口ずさんで育ったのです。今でも感動してしまいます。
ですから、私も高校の頃まで、何故、原爆まで投下したのだろうか、と思うこともありましたが、
あるとき、世界史の分厚い参考書に、原爆投下についてのトルーマン大統領の回顧録が資料として
記されているのを読みました。
細かな内容は憶えていませんが、8月8日にはソ連が対日参戦することになっていて、共産主義の
侵蝕をくい止めるために、それまでに日本を降伏させなくてはならないという切羽詰った状況を
日付入りで綴ってありました。
この資料はインターネットで検索しても見当たりませんが、原爆投下の是非について
検証しているサイトにある資料よりはるかに重要なものであることは間違いない。
無条件降伏を勧告する7月26日のポッダム宣言を、日本政府は同月28日に黙殺しました。
その頃、ソ連は日本列島の北方に進軍させ今にも南下する兆しを見せていました。
降伏が遅れていたら日本は朝鮮半島のように分断されていた可能性が大きいわけです。
この資料を見た頃から私はもっと広い視野を以って歴史をみるようになりました。
原爆投下は、到底、勝ち目はないと思わせて降伏を迫る意味があったわけですが、原爆投下がなく
本土決戦となったときは日本人の犠牲はさらに大きいものになっていた可能性もあります。
蛙を熱湯に放り込むと、びっくりして飛び跳ね、焼けどは被るだろうが、命は助かります。
ところがお湯につけると気付かないまま死に至ります。
原爆投下に関するトルーマン大統領の表向きの釈明は
『ヒロシマ・ナガサキヘの原爆投下は、本土決戦で失われる百万人以上の米軍の犠牲を回避し、
戦争を早期に終わらせるためであった』ということですが、
百万人以上というのは誇張としても、かなりの人命が失われることは予想しなければならなかった
でしょう。
それに、原爆投下は数千万人の人命が失われた第二次世界大戦の最終局面です。
このような状況下においては、人命の犠牲に対する人々の感覚は現代の人々の感覚とは
大きく違っています。麻痺していると言っても過言ではないでしょう。
また、米政府の政治家には原爆の破壊力が実感できていなかったということも想像に難くありません。
高性能の爆弾が開発されたようだから、これで日本が降伏するかどうかわからないが、それを
早めるのは間違いない。戦後を睨んでソ連に力を示しておこうという程度のものだったのかもしれ
ません。
そして、悲しいことですが、原爆投下がなされた背景として、もう一つ挙げなければなりません。
当時は敵である異民族国家の人命が軽んじられていたということです。
敵でなくとも、人種が異なる国家の人命は軽いものだった。
これは日本から外国を見たときも同様です。
植民地の住民に対して日本軍は同じ種族にも拘らず酷い殺戮をやっています。
まして、人種が違えば人間ともみなされなかったでしょう。
もし、日本が原爆を先に開発し、米国まで爆撃機を飛ばせたなら、同じようなことを敵国にしていた
でしょう。
戦後30年ほど経っても、竹村健一という評論家が、テレビで
「日本人は欧米人を人間としてみていない」と発言していました。
いま、このような発言をしたなら、袋叩きに遭うでしょうが、当時はそれが
なんとなく、自然に感じ\xA4
うっかりしていました。このHNのままにしておきます。
>>日本に対してアメリカが行った戦争は止むを得なかったと思うのではないでしょうか。
>ここから ぜんぜん違います。私には原爆を落としたアメリカの行為を止むを得なかったと思えるあなたが不思議です。
「原爆を落としたアメリカの行為を止むを得なかった」とはどこにも書いてませんが。
アメリカが日本の無謀な軍事政策に終止符を打つべく、開戦したことについて述べているだけです。
終戦の仕方は原爆でなくとも色々選択肢はあったでしょう。
以上でこの話は終わり。
では原爆について、一言述べておきましょう。
原爆が投下されたときの状況を考えてください。
私の母は原爆が投下されたとき、空襲警報を聞いて防空壕に避難していたそうですが、はるか遠く
離れているはずの防空壕の中まで爆風が感じられたということでした。
原爆を積んだ米軍機が上空を通ったので空襲警報が鳴ったのです。
そういう話を聞いて育ちましたし、幼稚園の頃から「原爆の歌」
(ふるさとの町焼かれ 身寄りの骨うめし焼け土に 今は白い花さく あぁ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を われらの町に)
を口ずさんで育ったのです。今でも感動してしまいます。
ですから、私も高校の頃まで、何故、原爆まで投下したのだろうか、と思うこともありましたが、
あるとき、世界史の分厚い参考書に、原爆投下についてのトルーマン大統領の回顧録が資料として
記されているのを読みました。
細かな内容は憶えていませんが、8月8日にはソ連が対日参戦することになっていて、共産主義の
侵蝕をくい止めるために、それまでに日本を降伏させなくてはならないという切羽詰った状況を
日付入りで綴ってありました。
この資料はインターネットで検索しても見当たりませんが、原爆投下の是非について
検証しているサイトにある資料よりはるかに重要なものであることは間違いない。
無条件降伏を勧告する7月26日のポッダム宣言を、日本政府は同月28日に黙殺しました。
その頃、ソ連は日本列島の北方に進軍させ今にも南下する兆しを見せていました。
降伏が遅れていたら日本は朝鮮半島のように分断されていた可能性が大きいわけです。
この資料を見た頃から私はもっと広い視野を以って歴史をみるようになりました。
原爆投下は、到底、勝ち目はないと思わせて降伏を迫る意味があったわけですが、原爆投下がなく
本土決戦となったときは日本人の犠牲はさらに大きいものになっていた可能性もあります。
蛙を熱湯に放り込むと、びっくりして飛び跳ね、焼けどは被るだろうが、命は助かります。
ところがお湯につけると気付かないまま死に至ります。
原爆投下に関するトルーマン大統領の表向きの釈明は
『ヒロシマ・ナガサキヘの原爆投下は、本土決戦で失われる百万人以上の米軍の犠牲を回避し、
戦争を早期に終わらせるためであった』ということですが、
百万人以上というのは誇張としても、かなりの人命が失われることは予想しなければならなかった
でしょう。
それに、原爆投下は数千万人の人命が失われた第二次世界大戦の最終局面です。
このような状況下においては、人命の犠牲に対する人々の感覚は現代の人々の感覚とは
大きく違っています。麻痺していると言っても過言ではないでしょう。
また、米政府の政治家には原爆の破壊力が実感できていなかったということも想像に難くありません。
高性能の爆弾が開発されたようだから、これで日本が降伏するかどうかわからないが、それを
早めるのは間違いない。戦後を睨んでソ連に力を示しておこうという程度のものだったのかもしれ
ません。
そして、悲しいことですが、原爆投下がなされた背景として、もう一つ挙げなければなりません。
当時は敵である異民族国家の人命が軽んじられていたということです。
敵でなくとも、人種が異なる国家の人命は軽いものだった。
これは日本から外国を見たときも同様です。
植民地の住民に対して日本軍は同じ種族にも拘らず酷い殺戮をやっています。
まして、人種が違えば人間ともみなされなかったでしょう。
もし、日本が原爆を先に開発し、米国まで爆撃機を飛ばせたなら、同じようなことを敵国にしていた
でしょう。
戦後30年ほど経っても、竹村健一という評論家が、テレビで
「日本人は欧米人を人間としてみていない」と発言していました。
いま、このような発言をしたなら、袋叩きに遭うでしょうが、当時はそれが
なんとなく、自然に感じ\xA4
これは メッセージ 1594 (kotori730 さん)への返信です.
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