Re: 契約しないのは自由ですよ。
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/02/09 04:29 投稿番号: [16121 / 17759]
オオタグロさんはもしかしたら私が最初に想像していたよりもずいぶんお若い方なのかもしれないと思うようになりました。若いということは必ずしも悪いことではないと思っていますが、たとえば、人間の心のひだの深い部分に対する感受性が未熟だという意味で、そこのところが自己決定の部分においてあまりにも表面上の合理性を形式的に受け止めるというような方向性に偏りがちな故になんかしらの冷徹さを感じることがあり、そういうことがオオタグロさんの文章の端々に見えるような気がします。
たとえば終身雇用制の良さを軽視して、アメリカ型の実力・能力主義重視を会社の雇用に当てはめてこれを合理的であると支持した人は、比較的若者たちに多かったという風に記憶していますが、その支持が実って今そうなってみると、そのときに支持した若者たちの中の多くの割合の方々が中年となりリストラの対象になってみると、やはり終身雇用制の安定型の社会システムの利点をようやく理解するようになるというような後悔をしている人も少なからず出始めました。
私がここでドラさんに言っていることの中の、「家庭の幸福は諸悪の根源である」という太宰治の言葉に似た社会状況は、若い太宰(まあしかし自殺する一週間前ですが)の依然として旧態を維持して、おそらくは彼の時代では絶対に変革され得ないであろう社会への批判(もしくは絶望)の言葉だろうと思っています。若者には、時として真理をつかむ感覚の鋭敏さとそれを受け入れられないであろう社会と自己との葛藤の中で絶望するというようなことがあると思いますが、そういう中で、人間って練り込まれていくのかなあ・・と思う今日この頃です。
間違えていたら申し訳ありません。まあしかしそれをも見越した真理を見据えておられるのかもしれませんね。
ちょうど先週に、久米宏氏のラジオで「諸行無常、方丈記の世界の日本に、人権というようなものの確固たる永続性みたいなことを求めようとしても無理だ・・。」みたいな読者からの投稿を読んでいたと記憶していますが、私には「さもありなん」と納得する部分がありました。
やっぱり人権なんぞは西洋的な合理主義でしか正確には理解できないんだろうかなあ?・・と思ったりもしました。
>制限できなければ、制限できない原状が国民の意思であるにすぎない。
> 現実に、制限すべく行動を起こしている国民は一部にすぎないことを意味する。
> 問題解決に進まないのも、国民の選択にすぎない。
私は前の投稿で、結果的に多数決的決定オンリーという従来型の民主主義では、少数意見を反映できないという意味のことを書きました。
・・・つまり常に少数(弱者の)意見は反映されないという宿命を持っているわけですから、成田闘争をはじめとする少数が多数に妥協を余儀なくされるという宿命にあることを回避できないということになるわけですよねえ?これを単に「国民の選択」だとするのはいささか乱暴では無かろうか?というのがおおかたの見方だったわけですよねえ?
つまり、結局「公共の福祉」なんて、多数(公共)の利益のために少数(弱者)が妥協させられるための装置でしかないということになりませんかねえ?
>>「負担」と「利便」の要素が元々異なるために
>当然、金銭に換算されます。
ものの価値は当然「価格」では推し量れません。
>>なぜ成田なのか?
>何処の場所でも成り立つ疑問であるため意味を持ちません。
ここの場所は確か、沖縄とか、他の地方からの人たちの開拓地で、苦労して手に入れた、非常に新しい住居があったわけで、その土地に思い入れのある人も多く、しかしまた、そういう事情故に、周辺住民から孤立しており、反対意見の黙殺をしやすかったという事情もあったのでは無かろうか?といわれていたんではなかったでしょうか?
・ ・・どちらにしろ、「どこの場所でも」同じというような事情ではなかったと記憶しています。
>>なぜ終生禁固刑という身柄拘束の自由剥奪とどうして釣り合わないか?
>禁固刑に必要な費用を国民が分担するのですか?
【「負担」と「利便」の要素が元々異なる】ことを容認するならば、必ずしも「殺人」と「死刑」ということだけを「等価」とする根拠がなくなるということを書いたまでです。
>アメリカは衰退しますから。
アメリカの武力はどこに向くのか?が怖いです。オバマさんの経済だって、これまで通りユダヤ人たちが行うわけですから、実質的に何の「CHANGE」もしないし、「反省」もしないという宣言にも見えますけどねえ?・・・・この詭弁を容認するムードが恐ろしいような・・。
たとえば終身雇用制の良さを軽視して、アメリカ型の実力・能力主義重視を会社の雇用に当てはめてこれを合理的であると支持した人は、比較的若者たちに多かったという風に記憶していますが、その支持が実って今そうなってみると、そのときに支持した若者たちの中の多くの割合の方々が中年となりリストラの対象になってみると、やはり終身雇用制の安定型の社会システムの利点をようやく理解するようになるというような後悔をしている人も少なからず出始めました。
私がここでドラさんに言っていることの中の、「家庭の幸福は諸悪の根源である」という太宰治の言葉に似た社会状況は、若い太宰(まあしかし自殺する一週間前ですが)の依然として旧態を維持して、おそらくは彼の時代では絶対に変革され得ないであろう社会への批判(もしくは絶望)の言葉だろうと思っています。若者には、時として真理をつかむ感覚の鋭敏さとそれを受け入れられないであろう社会と自己との葛藤の中で絶望するというようなことがあると思いますが、そういう中で、人間って練り込まれていくのかなあ・・と思う今日この頃です。
間違えていたら申し訳ありません。まあしかしそれをも見越した真理を見据えておられるのかもしれませんね。
ちょうど先週に、久米宏氏のラジオで「諸行無常、方丈記の世界の日本に、人権というようなものの確固たる永続性みたいなことを求めようとしても無理だ・・。」みたいな読者からの投稿を読んでいたと記憶していますが、私には「さもありなん」と納得する部分がありました。
やっぱり人権なんぞは西洋的な合理主義でしか正確には理解できないんだろうかなあ?・・と思ったりもしました。
>制限できなければ、制限できない原状が国民の意思であるにすぎない。
> 現実に、制限すべく行動を起こしている国民は一部にすぎないことを意味する。
> 問題解決に進まないのも、国民の選択にすぎない。
私は前の投稿で、結果的に多数決的決定オンリーという従来型の民主主義では、少数意見を反映できないという意味のことを書きました。
・・・つまり常に少数(弱者の)意見は反映されないという宿命を持っているわけですから、成田闘争をはじめとする少数が多数に妥協を余儀なくされるという宿命にあることを回避できないということになるわけですよねえ?これを単に「国民の選択」だとするのはいささか乱暴では無かろうか?というのがおおかたの見方だったわけですよねえ?
つまり、結局「公共の福祉」なんて、多数(公共)の利益のために少数(弱者)が妥協させられるための装置でしかないということになりませんかねえ?
>>「負担」と「利便」の要素が元々異なるために
>当然、金銭に換算されます。
ものの価値は当然「価格」では推し量れません。
>>なぜ成田なのか?
>何処の場所でも成り立つ疑問であるため意味を持ちません。
ここの場所は確か、沖縄とか、他の地方からの人たちの開拓地で、苦労して手に入れた、非常に新しい住居があったわけで、その土地に思い入れのある人も多く、しかしまた、そういう事情故に、周辺住民から孤立しており、反対意見の黙殺をしやすかったという事情もあったのでは無かろうか?といわれていたんではなかったでしょうか?
・ ・・どちらにしろ、「どこの場所でも」同じというような事情ではなかったと記憶しています。
>>なぜ終生禁固刑という身柄拘束の自由剥奪とどうして釣り合わないか?
>禁固刑に必要な費用を国民が分担するのですか?
【「負担」と「利便」の要素が元々異なる】ことを容認するならば、必ずしも「殺人」と「死刑」ということだけを「等価」とする根拠がなくなるということを書いたまでです。
>アメリカは衰退しますから。
アメリカの武力はどこに向くのか?が怖いです。オバマさんの経済だって、これまで通りユダヤ人たちが行うわけですから、実質的に何の「CHANGE」もしないし、「反省」もしないという宣言にも見えますけどねえ?・・・・この詭弁を容認するムードが恐ろしいような・・。
これは メッセージ 16120 (t_ohtaguro_2 さん)への返信です.
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