Re: 死刑は国にとって一番安上がり・・②
投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2008/08/13 00:38 投稿番号: [15748 / 17759]
>「司会者が「『ドラえもんが何とかしてくれる』って、笑わせるんじゃないよって言いたくなるよな」
私だったら、「何の罪もない女性と赤ちゃんを惨殺しておいて、何がドラえもん? ふざけるんじゃないわよ!」と怒鳴りつけるでしょうね。
>「万が一にもこのような主張が採用されることはないと思うんですが、その万が一がもしあったとしたら、もう世も末と言わざるを得なくなってしまうということなんですね」
私もこんな主張が最高裁で通ったとしたら、それはもはや末法の世であると本気で思いますけれども?
>1939 年フランスの殺人犯のギロチン現場は、前夜にパリから列車で押し寄せた群衆で埋め尽くされ、
>『阿Q正伝』で、処刑される前、広場を取り巻いた群衆の鬼火のような『狼の眼』
こういう、本論に何の関係もない猟奇的な表現を文脈を無視して持ち出して、下手な印象操作をしようとするから、「イデオロギー的死刑廃止論者はヒステリックで感情的で非論理的」と私は思ってしまうわけです。
>かつて刑罰は人々の娯楽であり、ヨーロッパでも公開処刑に群衆が熱狂した時代があった。最近の事件報道の過熱には、これと共通するものを感じる」
光市の事件がこれほどまでに国民から注目されているのは国民が娯楽を求めているからなのですか?
こういうことを平然とおっしゃる人がいる限り、残念ながらわが国の死刑制度は未来永劫なくならないでしょうね。
>希望の持てる社会へ
日本では年間3万人以上の人が自殺していると言われています。ジャーナリストの堤未果さんは「自殺率は先進国では日本は1位。(中略)自殺願望の元を断たない限り自殺者の数は増える一方だろう。政府の役割は、国民が生きたいという希望を持てる健やかな社会を本気で作ることではないか」と言っています。
希望は政府から与えられるものではありません。
自分で探し、追い求めるものです。
そんなこともわからない人に民主主義の重みが理解できますか?
甘ったれるのもいい加減にしてください。
>漫画「家裁の人」の原作者・毛利甚八さんは、「検察庁は1990年代に裁判所が甘くなっていることを危惧(きぐ)し、地裁・高裁で無期懲役となった事件を立て続けに上告するというアピールを行った過去がある。光市の事件は『死刑によって国家の威信を取り戻したい』検察の思惑とつながっている」と言い、
検察(行政)がどういう思惑を持とうと、最終判断をするのはあくまでも裁判所(司法)であることをお忘れなく。
>元少年にふりかかった虐待、母親の自殺から児童相談所の役割を問いました。
問うのは一向に構いませんが、いくら問うたからといって、それでこの男の所業が消えてなくなるわけではありませんよ。
>「少年院に送られていれば、少年はなんらかの精神的成長をみせただろう。
自分の犯した罪への反省の言葉ひとつなく、「無期懲役だったら7年もすれば出られる」とうそぶいたり、公判の場でご遺族をじっとにらみつけたりしたこの男について、どのように分析したら上のような見解が成り立つのかその論理的根拠をぜひお伺いしたいものです。
>死刑は金も知恵もいらない、国家と政治家にとってもっとも安上がりな事件の解決方法だ。
現行法で明確に規定され、最高裁も合憲と認め、かつ圧倒的多数の主権者が支持している死刑制度を何としても貶めるためには、結局このような非論理的で感情的な罵倒を投げつけるしかすべがないということですね。
>悲劇が起きるまでに積み重なった被告人の不幸を見つめ、教訓をつかみ出し、同じような境遇の子どもを生みださないために、児童相談所・学校・地域などに欠けているものを補っていくことが重要だ」
この種の意見を目にするたびにいつも思うのですが、環境や境遇が犯罪者を生み出したのでは絶対にありません。
こういう考え方は裏を返せば、劣悪な環境にいる人はおしなべて潜在的犯罪者といっているに等しいことになぜお気づきにならないのでしょう?
どんな過酷な境遇に育っても圧倒的多数の人々はそれに負けず、正しく立派に生きているという現実をどうごらんになるつもりですか?
何でもかんでも社会が悪い、国家が悪いで思考停止してしまうイデオロギー的人権論者ほど始末におえないものはありません。
自由主義・民主主義には厳格な自己責任が要求されるという当たりまえの原則をもういちど一から学びなおしていただきたいものです。
死刑云々を論じるのはそれからにしてください。
your Steffi
私だったら、「何の罪もない女性と赤ちゃんを惨殺しておいて、何がドラえもん? ふざけるんじゃないわよ!」と怒鳴りつけるでしょうね。
>「万が一にもこのような主張が採用されることはないと思うんですが、その万が一がもしあったとしたら、もう世も末と言わざるを得なくなってしまうということなんですね」
私もこんな主張が最高裁で通ったとしたら、それはもはや末法の世であると本気で思いますけれども?
>1939 年フランスの殺人犯のギロチン現場は、前夜にパリから列車で押し寄せた群衆で埋め尽くされ、
>『阿Q正伝』で、処刑される前、広場を取り巻いた群衆の鬼火のような『狼の眼』
こういう、本論に何の関係もない猟奇的な表現を文脈を無視して持ち出して、下手な印象操作をしようとするから、「イデオロギー的死刑廃止論者はヒステリックで感情的で非論理的」と私は思ってしまうわけです。
>かつて刑罰は人々の娯楽であり、ヨーロッパでも公開処刑に群衆が熱狂した時代があった。最近の事件報道の過熱には、これと共通するものを感じる」
光市の事件がこれほどまでに国民から注目されているのは国民が娯楽を求めているからなのですか?
こういうことを平然とおっしゃる人がいる限り、残念ながらわが国の死刑制度は未来永劫なくならないでしょうね。
>希望の持てる社会へ
日本では年間3万人以上の人が自殺していると言われています。ジャーナリストの堤未果さんは「自殺率は先進国では日本は1位。(中略)自殺願望の元を断たない限り自殺者の数は増える一方だろう。政府の役割は、国民が生きたいという希望を持てる健やかな社会を本気で作ることではないか」と言っています。
希望は政府から与えられるものではありません。
自分で探し、追い求めるものです。
そんなこともわからない人に民主主義の重みが理解できますか?
甘ったれるのもいい加減にしてください。
>漫画「家裁の人」の原作者・毛利甚八さんは、「検察庁は1990年代に裁判所が甘くなっていることを危惧(きぐ)し、地裁・高裁で無期懲役となった事件を立て続けに上告するというアピールを行った過去がある。光市の事件は『死刑によって国家の威信を取り戻したい』検察の思惑とつながっている」と言い、
検察(行政)がどういう思惑を持とうと、最終判断をするのはあくまでも裁判所(司法)であることをお忘れなく。
>元少年にふりかかった虐待、母親の自殺から児童相談所の役割を問いました。
問うのは一向に構いませんが、いくら問うたからといって、それでこの男の所業が消えてなくなるわけではありませんよ。
>「少年院に送られていれば、少年はなんらかの精神的成長をみせただろう。
自分の犯した罪への反省の言葉ひとつなく、「無期懲役だったら7年もすれば出られる」とうそぶいたり、公判の場でご遺族をじっとにらみつけたりしたこの男について、どのように分析したら上のような見解が成り立つのかその論理的根拠をぜひお伺いしたいものです。
>死刑は金も知恵もいらない、国家と政治家にとってもっとも安上がりな事件の解決方法だ。
現行法で明確に規定され、最高裁も合憲と認め、かつ圧倒的多数の主権者が支持している死刑制度を何としても貶めるためには、結局このような非論理的で感情的な罵倒を投げつけるしかすべがないということですね。
>悲劇が起きるまでに積み重なった被告人の不幸を見つめ、教訓をつかみ出し、同じような境遇の子どもを生みださないために、児童相談所・学校・地域などに欠けているものを補っていくことが重要だ」
この種の意見を目にするたびにいつも思うのですが、環境や境遇が犯罪者を生み出したのでは絶対にありません。
こういう考え方は裏を返せば、劣悪な環境にいる人はおしなべて潜在的犯罪者といっているに等しいことになぜお気づきにならないのでしょう?
どんな過酷な境遇に育っても圧倒的多数の人々はそれに負けず、正しく立派に生きているという現実をどうごらんになるつもりですか?
何でもかんでも社会が悪い、国家が悪いで思考停止してしまうイデオロギー的人権論者ほど始末におえないものはありません。
自由主義・民主主義には厳格な自己責任が要求されるという当たりまえの原則をもういちど一から学びなおしていただきたいものです。
死刑云々を論じるのはそれからにしてください。
your Steffi
これは メッセージ 15734 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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