Re: >強姦殺人を実行してから、友人と会う
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/11/04 00:28 投稿番号: [15422 / 17759]
>あり得ますね。
>事件後のアリバイが全くないよりは、友達と会っていたという事実があった方が疑われにくくなります。
ただし、殺人の後、友達と遊んでいたのならば、逆に、酌量の余地が減るでしょう。
そのように【強姦殺人のアリバイまで計算する計画】なら
【会社の制服を着用して、わざわざ居住する同じ社宅を何軒も訪問して、顔を晒すこともしません。】
そして、どれぐらいの時間を有するか分からないし、
友人と会う約束も果たせない可能性もあり、
その場合、かえって疑われます。
制服の汚れや傷を負う可能性もある。
>>【明確な殺意】では無い
>「死んでもかまわない」とする「未必の故意」は「過失」ではなく、「故意」にあたりますが?
【死んでもかまわない】と証言していますか??
>あなたの論理は、
不幸だから情状酌量の対象とすべき。
不幸にした原因となるものにも責任を負わせるべき。
でしょ?
>つまり、
加害者は被害者を不幸にした原因であるから責任を負うべき。
遺族が不幸となった原因を作った加害者が遺族に殺された場合、
遺族は情状酌量されるべき。
遺族に殺される事はありえませんね、現在。
>死んでしまった者は生き返らない。
よって、加害者が死んでもやむを得ないと。
そんなことは言っていませんよ。
>>その場合、裁判も必要ない・・目撃者の言いなりで報復するのでしょうかね。
>当然、そうなりますね。
>遺族は、裁判や刑罰を信頼できなくなるのですから。
>個人の判断では間違いが生じる可能性が高いから刑事訴訟制度があるのであり、
裁判が不当だと遺族が認識するならば、遺族が自力救済を選択する可能性が生じると考えるのが妥当でしょう。
可能性ですね。
>>今時報復を許すのは、不可能でしょうね。
>論理に矛盾がありますね。
>報復ですらないのに許して死刑にはしないのが死刑廃止論者でしょ?
>当然、報復しても情状酌量により死刑を真逃れるという論理になるはずですが?
ええ、死刑にはならないでしょう。
>>ええ、しかし、【殺人】には違いない。
>刑法の基礎を勉強すべきでしょう。
>「人を殺す事」は成立要件にすぎず、「非難の対象」とならない場合は処罰対象とはならない。
>つまり、
正当な理由無く「人を殺す事」は処罰の対象となるが、
正当な理由があれば「人を殺す事」は処罰の対象とはならない。
正当か否か、処罰の対象か否かではなく【死刑は殺人】であることには違いないという事。
これは メッセージ 15402 (t_ohtaguro_2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20_1/15422.html