Re: 事理弁識能力
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2007/10/01 00:25 投稿番号: [15366 / 17759]
≫>判例および通説では、
≫>「責任能力とは、当該行為の反道義性ないし違法性を弁識し(弁識能力)、
≫>その弁識にしたがって道義的・適法な行為を選択する能力(制御能力)」と定義する。
>↑の「当該行為の反道義性ないし違法性を弁識し(弁識能力)」
>8歳ても認められますので、12歳で精神的発達が止まっていても認められると考えられます。
>「常日頃、学校や家庭で交通の危険について十分に教育を受けており、
自転車通行の危険について十分認識していたものと推測できる」
>という理由。
常日頃の交通教育の行き届いた8歳児【被害者】と、
このような【加害者】を同等に扱う事には無理がある↓
★光市事件の被告人も、父親からの虐待の経緯を供述し、弁護人がその酌量を主張します。
「虐待されていたから凶悪犯行をしても仕方ない。」と極論するものではなく、事情を斟酌してもいいではないだろうか、という問題提起です。
幼少時に頭を打つ事故があり、それが脳の器質的負因を生じているのではないか、と鑑別記録で指摘されています。
小学校入学式の日、父親が母親に暴力を振るうのを止めようとし、突き飛ばされ、頭を痛打しました。
父親が包丁を突きつけ、包丁を投げ捨て、「それで自分で死ね。」と言うこともありました。
父親が頭から湯船に沈めたり、海で船から突き落とし、溺れさせることがありました。
母親が父親から暴力を受けていと、実家の家族が鑑定人に証言しました。
父親に暴力を振るわれることから、母親とかばい合って生きていました。
暴力を振るわれた日、母親は被告人の布団に入ってきて、「一緒に実家に逃げようか。あんたの子供を作ろうか。」等言われました。
父親も、包丁の件を忘れていましたが、「そういえばあったな。あれはしつけだ。」と述べました。
中1のとき、母親が自殺しました。
母親の遺体を目撃し、脱糞の臭いを印象しました。
虐待は、自殺せしめるような酷いものでした。
母親の自殺未遂の際、父親は、「死ぬふりせず、ほんまに死ね。」と罵りました。
遺体の第1発見者は父親であり、実は父親が母親を殺したのではないか、と疑いを持ちました。
弟と父親を殺そうと相談したが、失敗しました。
母親が生き返ってほしいとの幻想を抱くようになり、母親の臭いがする押入に2日間入っていました(鑑別記録)。
義母に、甘えて抱きつくことがよくありました。
事件の2日前も、父親が被告人に包丁を突きつけましたが、義母が体を張って止めてくました。
事件当日の昼も、自宅に帰り、義母に甘えて抱きついていました。
直後に、この事件。
以上が、証拠から認められ得る事実です。
どう評価し、斟酌すべきか否か、見解はいろいろでしょう。
鑑別記録は、自己愛が傷つき、孤立感を深めた、非常に退行した精神状態にあった、赤ん坊を抱く被害者を懐かしいような甘えたいような気持ちで眺め、被害者に実母を投影している、としています。
http://beauty.geocities.yahoo.co.jp/gl/imajin28490
≫>「責任能力とは、当該行為の反道義性ないし違法性を弁識し(弁識能力)、
≫>その弁識にしたがって道義的・適法な行為を選択する能力(制御能力)」と定義する。
>↑の「当該行為の反道義性ないし違法性を弁識し(弁識能力)」
>8歳ても認められますので、12歳で精神的発達が止まっていても認められると考えられます。
>「常日頃、学校や家庭で交通の危険について十分に教育を受けており、
自転車通行の危険について十分認識していたものと推測できる」
>という理由。
常日頃の交通教育の行き届いた8歳児【被害者】と、
このような【加害者】を同等に扱う事には無理がある↓
★光市事件の被告人も、父親からの虐待の経緯を供述し、弁護人がその酌量を主張します。
「虐待されていたから凶悪犯行をしても仕方ない。」と極論するものではなく、事情を斟酌してもいいではないだろうか、という問題提起です。
幼少時に頭を打つ事故があり、それが脳の器質的負因を生じているのではないか、と鑑別記録で指摘されています。
小学校入学式の日、父親が母親に暴力を振るうのを止めようとし、突き飛ばされ、頭を痛打しました。
父親が包丁を突きつけ、包丁を投げ捨て、「それで自分で死ね。」と言うこともありました。
父親が頭から湯船に沈めたり、海で船から突き落とし、溺れさせることがありました。
母親が父親から暴力を受けていと、実家の家族が鑑定人に証言しました。
父親に暴力を振るわれることから、母親とかばい合って生きていました。
暴力を振るわれた日、母親は被告人の布団に入ってきて、「一緒に実家に逃げようか。あんたの子供を作ろうか。」等言われました。
父親も、包丁の件を忘れていましたが、「そういえばあったな。あれはしつけだ。」と述べました。
中1のとき、母親が自殺しました。
母親の遺体を目撃し、脱糞の臭いを印象しました。
虐待は、自殺せしめるような酷いものでした。
母親の自殺未遂の際、父親は、「死ぬふりせず、ほんまに死ね。」と罵りました。
遺体の第1発見者は父親であり、実は父親が母親を殺したのではないか、と疑いを持ちました。
弟と父親を殺そうと相談したが、失敗しました。
母親が生き返ってほしいとの幻想を抱くようになり、母親の臭いがする押入に2日間入っていました(鑑別記録)。
義母に、甘えて抱きつくことがよくありました。
事件の2日前も、父親が被告人に包丁を突きつけましたが、義母が体を張って止めてくました。
事件当日の昼も、自宅に帰り、義母に甘えて抱きついていました。
直後に、この事件。
以上が、証拠から認められ得る事実です。
どう評価し、斟酌すべきか否か、見解はいろいろでしょう。
鑑別記録は、自己愛が傷つき、孤立感を深めた、非常に退行した精神状態にあった、赤ん坊を抱く被害者を懐かしいような甘えたいような気持ちで眺め、被害者に実母を投影している、としています。
http://beauty.geocities.yahoo.co.jp/gl/imajin28490
これは メッセージ 15364 (t_ohtaguro_2 さん)への返信です.
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