Re: 軍属記録実物・業者の証言
投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/22 20:14 投稿番号: [15267 / 17759]
>日本の憲兵が朝鮮で徴用に従事するなんてのは奇想天外な物語としか思えないんですけど・・・。
日本人の憲兵はね。でも半島には違う日本軍憲兵が多数配備されていだよ。
第三次日韓協約締結後の1907年に、この条約を履行するため「韓国ニ駐箚スル憲兵ニ関スル件」(明治40年10月7日勅令第323号)が制定された旧朝鮮軍人は日本軍に籍を移しほとんどが朝鮮駐箚憲兵隊司令部付となる。
内地の憲兵は軍人のみしか取締が出来なかったが、韓国の憲兵は治安維持に関する警察を主として兼ねて軍事警察として韓国内において金日正共産ゲリラの取締りを必要としたからである。自己完結能力の低い普通警察では機動的な治安維持の任務を果たせないことに鑑みて、憲兵に普通警察の任を果たさせようとした。
内地軍は一般人の在郷徴兵であり逮捕権(強制連行)はなかったが、朝鮮軍は志願制であり入隊するのに50倍の競争率のエリートで日本軍に入隊出来ず焼身自殺をする者も多数いた。朝鮮内政の治安部隊として警察憲兵軍として朝鮮全土約600の分駐所(警察署)に配備され一般市民に対する逮捕権(強制連行)を持ち合わせていた。
朝鮮軍人ニ関スル件(明治44年勅令第36号
http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rm44-36.htm
朝鮮のアウシュビッツと言われた西大門刑務所が問題にならないのは、拷問や虐殺をした日本軍憲兵が朝鮮人だったからである。
http://kamomiya.ddo.jp/Souko/C03/S_Ginamu/Goumon.htm
「日本統治時代、辛基南議長の父から拷問受けた」
日本統治下で日本憲兵として服務した「開かれたウリ党」(ウリ党)の辛基南(シン・キナム)議長の父、辛相黙(シン・サンモック、シゲミツ・クニオと創氏改名)氏から、抗日独立運動をして逮捕された後、ひどい拷問と取り調べを受けた、という証言が出てきた。
京畿道高陽市(キョンギド・コヤンシ)に住むチャ・イクファンさん(79)と釜山(プサン)スンチョン医院のキム・ジャンリョン院長(78)は17日、「抗日運動をして日本軍憲兵に捕まり、顧問と取り調べを受けたが、その人の名前はシゲミツ・クニオだった」と語った。
チャさんは「鎮海(チンヘ)憲兵隊留置場で、別の韓国人憲兵隊員1人と『シゲミツ』という名札を付けた日本軍伍長の上の階級である軍曹階級の韓国人から拷問を受けた」とし、「逆さ釣りにされて鼻に水を注がれたほか、角材で何度も殴られた」と、当時の状況を説明した。チャさんはこの時、左脚を負傷し、いまでも後遺症に苦しんでいるという。
また、チャさんと一緒に秘密決死隊を結成して抗日運動を行ったキム院長は、「逮捕された後、当時調査官だった憲兵軍曹が『私は韓国人だ。大邱(テグ)師範学校を出た』と話したので、韓国人であることが分かった」とし、「当時その憲兵軍曹の名札を見たが、シゲマツ・クニオと書かれていたと思う」と述べた。
キム院長は「当時、1カ月以上も取り調べを受けながら、井戸に逆さ釣りにされ、木刀で殴られた。また、裸にされて一日中、砂利の上にひざをついて座らされた」と明らかにした。
(中央日報 2004/08/18)
日本人の憲兵はね。でも半島には違う日本軍憲兵が多数配備されていだよ。
第三次日韓協約締結後の1907年に、この条約を履行するため「韓国ニ駐箚スル憲兵ニ関スル件」(明治40年10月7日勅令第323号)が制定された旧朝鮮軍人は日本軍に籍を移しほとんどが朝鮮駐箚憲兵隊司令部付となる。
内地の憲兵は軍人のみしか取締が出来なかったが、韓国の憲兵は治安維持に関する警察を主として兼ねて軍事警察として韓国内において金日正共産ゲリラの取締りを必要としたからである。自己完結能力の低い普通警察では機動的な治安維持の任務を果たせないことに鑑みて、憲兵に普通警察の任を果たさせようとした。
内地軍は一般人の在郷徴兵であり逮捕権(強制連行)はなかったが、朝鮮軍は志願制であり入隊するのに50倍の競争率のエリートで日本軍に入隊出来ず焼身自殺をする者も多数いた。朝鮮内政の治安部隊として警察憲兵軍として朝鮮全土約600の分駐所(警察署)に配備され一般市民に対する逮捕権(強制連行)を持ち合わせていた。
朝鮮軍人ニ関スル件(明治44年勅令第36号
http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rm44-36.htm
朝鮮のアウシュビッツと言われた西大門刑務所が問題にならないのは、拷問や虐殺をした日本軍憲兵が朝鮮人だったからである。
http://kamomiya.ddo.jp/Souko/C03/S_Ginamu/Goumon.htm
「日本統治時代、辛基南議長の父から拷問受けた」
日本統治下で日本憲兵として服務した「開かれたウリ党」(ウリ党)の辛基南(シン・キナム)議長の父、辛相黙(シン・サンモック、シゲミツ・クニオと創氏改名)氏から、抗日独立運動をして逮捕された後、ひどい拷問と取り調べを受けた、という証言が出てきた。
京畿道高陽市(キョンギド・コヤンシ)に住むチャ・イクファンさん(79)と釜山(プサン)スンチョン医院のキム・ジャンリョン院長(78)は17日、「抗日運動をして日本軍憲兵に捕まり、顧問と取り調べを受けたが、その人の名前はシゲミツ・クニオだった」と語った。
チャさんは「鎮海(チンヘ)憲兵隊留置場で、別の韓国人憲兵隊員1人と『シゲミツ』という名札を付けた日本軍伍長の上の階級である軍曹階級の韓国人から拷問を受けた」とし、「逆さ釣りにされて鼻に水を注がれたほか、角材で何度も殴られた」と、当時の状況を説明した。チャさんはこの時、左脚を負傷し、いまでも後遺症に苦しんでいるという。
また、チャさんと一緒に秘密決死隊を結成して抗日運動を行ったキム院長は、「逮捕された後、当時調査官だった憲兵軍曹が『私は韓国人だ。大邱(テグ)師範学校を出た』と話したので、韓国人であることが分かった」とし、「当時その憲兵軍曹の名札を見たが、シゲマツ・クニオと書かれていたと思う」と述べた。
キム院長は「当時、1カ月以上も取り調べを受けながら、井戸に逆さ釣りにされ、木刀で殴られた。また、裸にされて一日中、砂利の上にひざをついて座らされた」と明らかにした。
(中央日報 2004/08/18)
これは メッセージ 15265 (nita2 さん)への返信です.
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