“平和ボケ”のお部屋

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Re: 秋の日のヴィオロンの

投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/11/14 20:23 投稿番号: [13159 / 17759]
>枝葉末節?
>そーかなー?

「同盟が当てになるとは限らない」という主張の主旨は正しい。

ツユアケ君の日米安保万歳の方が間違い。
アメリカは、日本の関係する領土問題には「我関せず」だし、台湾の「中華民国政府」も裏切った。
こういうアメリカとの同盟を盲信する一方で中国を「脅威」と喚くのだから、脳が肉骨粉的におめでたいとしか言いようがない。

>もし、ソ連の要請どおりに北フランラスに米英軍が上陸していたら
>まだ健在だったドイツ軍に北と南から挟み撃ちにされ甚大な被害を
>こうむったのは間違いない。

北フランス上陸をやろうと思えば、少なくとも1943年にはできた。

フランスにおけるドイツ側の全体的な防備。
陣地構築、配置兵力量、新型戦車(パンターやティガー)の配備量等。
1944年よりも1943年の方が手薄であった。

>もし地中海を放置していたら、ロンメルがエジプトを占領していた
>だろう。そうすれば、英はスエズを失い、中東からの石油が途絶えて
>お手上げである。

エジプトにいた英連邦軍で、十分ロンメルは阻止できた。
エルアラメインでのロンメルの攻勢作戦は、1942年9月に頓挫していた。
この時点でロンメル軍は、戦略的にもはや遊兵であり重大な脅威ではなくなっていたのだから、モロッコ・アルジェリア上陸やシチリア・イタリア本土上陸等を敢えて優先させる必要はなかった。

ちなみに当時の石油生産は、アメリカが圧倒的であり、中東はまだ少なかった。
仮にロンメルが中東まで進撃できたとしても、イギリスは「お手上げ」にはならない(まあ、痛いことは痛いが)。

>クルスク大戦車戦で、ドイツが敗れたのは、ヒトラーが、米軍イタリア
>に上陸の報を聞いて、かなりの戦車をクルスクから引き抜いた為である。

クルスク方面のドイツ軍攻勢作戦の開始は1943年7月4日。
米英軍シチリア上陸作戦の開始は同7月10日。

クルスクでドイツ軍が敗れたのは、ソ連軍の周到かつ広範に準備された防御陣地と十分な守備兵力に対して、正面からぶつかったから。
ドイツ軍はろくに進撃できずに大損害を出し、計画はあえなく頓挫した。
シチリアやイタリアがどうこう以前の問題であった。
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