“平和ボケ”のお部屋

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平和の希求とは③

投稿者: stefanie_nadeshiko 投稿日時: 2005/08/08 22:22 投稿番号: [11215 / 17759]
ニュルンベルクおよび東京において新たに創出された「平和に対する罪」および「人道に対する罪」のうち、後者についてはその直後の昭和23年12月9日付の第3回国連総会において、「集団殺害罪の防止及び処罰に関する(ジェノサイド )条約」という名称で採択され、昭和26年1月12日を以って発効しています。

国際連合(=連合国)としては、いくらナチスの暴虐を処断するためとはいえ、事後法をでっち上げて人を裁いたのは、文明国としてはやはりうまくなかったという一抹の後ろめたさと、その批判を早い段階で封じる必要性を感じていたことが、このスピーディな行動に表れているような気がします。

90年代に入って国連安保理事会によって相次いで設置された「ユーゴ・スラヴィア国際戦争犯罪法廷」、「ルワンダ戦争犯罪法廷」などはいずれもこの条約を法的根拠としています。
(ちなみに東京裁判では「人道に対する罪」に問われて有罪となった人はひとりもいなかったということは周知のとおりです。)



しかし、一方の「平和に対する罪」については、現在においてもそのような罪名を定めた国際法・条約は存在しませんし、当然のことながら、東京裁判以降、この罪状で裁かれた人も皆無です。

今日でもなお侵攻戦争の定義が「厳密には」確立していない以上、それを行なった国家、ましてやその国家の指導者個人を犯罪として裁くことなどそもそも理屈として成り立たないのは当然といえば当然で、この事実のみを以ってしても、東京裁判がいかに欺瞞に満ちた「私刑」であったかを如実に物語っているといえるでしょう。



しかし、だからといって私は、現時点において東京裁判の無効を遡って主張するものではないことは以前にも申し上げたとおりですし、またいわゆる「東京裁判史観」を信奉する人々の思想信条の自由に立ち入るつもりもありません。

満州事変から始まる一連の戦争の性格については、もちろん私も自分なりの歴史観は持っていますし、戦争にいたる経緯には日本側に十分な正当性があったとしても、その帰結として日本国民が舐めた辛酸を考えると、当時の為政者の判断に対しては正直申し上げて複雑な感情も抱いています。

けれども仮に百歩譲ってあの戦争が日本の一方的な侵略行為であったとしても、その事実のみをもって日本が犯罪国家である、あるいは「A級戦犯」とされた指導者の方々が法律上の犯罪者であるという論調には絶対に与することは出来ません。
犯罪か否かの判断は感情論ではなく、あくまでも法理論に従って論理的になされるべきと考えます。




平和を愛し、希求するということは、法もないのに人を裁くことでは、決してありません。
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