天皇の承認
投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/21 17:20 投稿番号: [11094 / 17759]
>東郷が天皇に奏請した事実はありません。
>東條と対立しても曲げず閣内不統一を招き辞職しただけです。
昭和天皇は、東郷の反対意見を聞いた上で、東郷の単独辞任を要求した。
昭和天皇が東郷と「意見が合わなくても輔弼に従うように」していれば、東郷は辞任せずに済んだはずである。
>首相、外相と軍部を併せた最高戦争指導者会議で小磯案を支持したものは
>いませんでした。
さよう。しかし昭和天皇が小磯と「意見が合わなくても輔弼に従うように」していれば、小磯は辞任せずに済んだはずである。
>天皇は宇垣を嫌っていたが、その意向を入れず大命は降下された
宇垣内閣をキャンセルしたのも、天皇の意向である。
>単なる軍紀違反ではなく統帥権の干犯ですが、頻繁に行われたことは貴殿
>も認めていたのでは?
貴殿は11013で、
「軍令の殆どは天皇の承認を得ずに発令されます。」
と書いた。
現場での下位の細部命令は、本来、天皇の承認した上位の基本命令にリンクしている。
これらの現場命令は、天皇に直接承認されたものでなくても、間接的に承認されていることになる。
軍紀違反でも統帥権干犯でもない。
天皇の承認した上位の基本命令にリンクしていない現場の勝手な命令が、軍紀違反であり、統帥権干犯である。
満州事変では、関東軍のこの暴走行為の産物であるが、天皇は咎めず逆に誉めた。
>勅語で現場の暴走を誉めたのですか?
さよう、暴走した関東軍の快進撃と戦果を「よくやった」と誉めた。
>1932年1月以降も現場の暴走はありましたが、非常に限られており、暴走
>が恒常化し戦火が拡大した訳ではありません。
満州事変では、関東軍の勝手な暴走が繰り返された。
日中戦争や太平洋戦争は、現地軍の暴走によって始められたものではなく、天皇と軍中央の指導の下に始められたものである。
>南京攻略については
天皇の承認した参謀本部の命令に基づいて実施された。
>具体例を挙げていただければ
貴殿がご存知ないだけである。
これは メッセージ 11081 (nita2 さん)への返信です.
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