ソ連、海軍等
投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/06/19 20:52 投稿番号: [10689 / 17759]
>米英独より劣っていたであろうことは想像がつくが、ソ連より劣っていた
>のか。
欧州で第二次大戦が始まった1939年当時のソ連は、戦車大国であった。
戦車保有量は世界一であり、またその他の軍用(戦闘用及び輸送用)車輌も多数あった。
兵器の性能も、全般的に見れば高い水準にあった。
1939年のノモンハン事件では、日ソ両軍の兵站・装備・戦術の差異が明らかになった。
近代化の進んだソ連軍は、全てにおいて日本軍よりも圧倒的に優れていた。
1941年初夏に独ソ戦が始まった時、日本は同年春に締結したばかりの日ソ中立条約を破ってソ連に攻め込むことを考えた。
対ソ開戦に関して、(陸軍が隠蔽していた)ノモンハンでの敗北をよく知らなかった松岡洋右外相や原嘉道枢密院議長らは積極的に賛成したが、東條英機陸相や杉山元陸軍参謀総長らは消極的であった。
結局、ソ連が極東の兵力を大量に引き抜いて欧州方面に送るだろう、という予測から、とりあえず攻め込むための準備(関東軍兵力の大幅増強:作戦計画秘匿名称「関東軍特種演習」)をし、実際にソ連の極東防備が手薄になれば本当に攻め込むことに決定された(1941年7月2日御前会議)。
この1941年の夏の時点で、日本は日ソ中立条約を破ったことになる(2条への違反)。
ソ連は、東京にいたスパイ・ゾルゲを介して日本の背信行為を察知し、極東からの兵力引き抜きを暫く見合わせた。このため日本は、1941年内の対ソ開戦を諦めた。
>南京渡洋爆撃を実行したのは、日本海軍だけれど、山本五十六たちは、
>戦争拡大の方向に動いていて、日中戦争泥沼化に寄与している。
日中戦争開始時の米内光政海相や伏見宮博恭王軍令部総長らは、本来ならA級戦犯に指定されるべき立場であった。華中での戦火を拡大した責任は、陸軍よりも海軍の方が大であった。
これは メッセージ 10661 (light_cavalryman さん)への返信です.
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