百人斬り競争
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/06/07 20:11 投稿番号: [864 / 2250]
Wikipediaより
論争 [編集]1971年、本多勝一が朝日新聞に連載していたルポルタージュ『中国の旅』(のちに単行本化)でこの事件(およびその報道)を取り上げ、これに対してイザヤ・ベンダサン(山本七平)が「百人斬り競争」は「伝説」だとし、本多が反論したことで論争が起こった(その後、鈴木明が議論に加わった)。更に、山本は『中国の旅』批判の一部として“100人を斬り殺すなど不可能”として議論した。これらの議論に対して洞富雄が批判を行った。
以後、2010年現在に至るまで南京事件について虐殺「あった」派から「百人斬り競争」が言及され、虐殺「なかった」派は『肯定論の非論理性』を指摘するという構図となっている。
田辺敏雄氏のブログより
1971(昭和46)年8月から12月まで、本多勝一記者の手になる「中国の旅」は、4部構成で通算約40日間にわたって朝日新聞に掲載されました。同時に、朝日新聞社は手持ちの活字媒体、「アサヒグラフ」「週刊朝日」「朝日ジャーナル」 を総動員、日本軍断罪の大キャンペーンを始めたことはすでに記したとおりです。
朝日連載は「平 頂 山事件」 にはじまり、「万人坑」「南 京」「三光政策」 とつづきました。また、「週刊朝日」には、本多記者と中国に同行取材した古川記者が「防疫惨殺事件」などを書いています。そのいずれもが、読んでいて気持が悪くなったと感想をもらす人もあるくらい、日本軍および民間人が行った残虐さであふれかえっていました。
報道時を振り返って、山本七平 は日本人の反応を「集団ヒステリ−状態」 と形容するほどのすさまじい衝撃だったのです。
これらは後に単行本、文庫本となり、さらに『中国の旅』の写真版という『中国の日本軍』 (創樹社、1972年)が出版されます。
1、 「レールは敷かれているし・・」「代弁しただけ、抗議をするのなら中国に」
これほど国民に影響をあたえた「中国の旅」連載は、まっとうな取材にもとづいた報道だったのでしょうか。とんでもありません。とても取材と呼べるような代物ではありませんでした。私が言いがかりをつけているわけではありません。当の本人が次のとおり書いていますので。
「中国の旅」は、〈 第一に「中国の視点」を紹介することが目的の「旅」であり、その意味では「取材」でさえもない。第二に事実関係については日本側の証言を求めています。 〉
この記述は私の「中国の旅」批判に対して、本多記者が月刊誌「正論」(1990年9月号)に寄せた反論からの抜粋です。
こんな読者を愚弄した話があるでしょうか。こんな論法が通用すれば、どんな報道だって是認されてしまいます。
ちなみに、本多勝一の「中国の旅」に掲載されている写真の殆どが「ニセモノの写真」であることが判明している。
論争 [編集]1971年、本多勝一が朝日新聞に連載していたルポルタージュ『中国の旅』(のちに単行本化)でこの事件(およびその報道)を取り上げ、これに対してイザヤ・ベンダサン(山本七平)が「百人斬り競争」は「伝説」だとし、本多が反論したことで論争が起こった(その後、鈴木明が議論に加わった)。更に、山本は『中国の旅』批判の一部として“100人を斬り殺すなど不可能”として議論した。これらの議論に対して洞富雄が批判を行った。
以後、2010年現在に至るまで南京事件について虐殺「あった」派から「百人斬り競争」が言及され、虐殺「なかった」派は『肯定論の非論理性』を指摘するという構図となっている。
田辺敏雄氏のブログより
1971(昭和46)年8月から12月まで、本多勝一記者の手になる「中国の旅」は、4部構成で通算約40日間にわたって朝日新聞に掲載されました。同時に、朝日新聞社は手持ちの活字媒体、「アサヒグラフ」「週刊朝日」「朝日ジャーナル」 を総動員、日本軍断罪の大キャンペーンを始めたことはすでに記したとおりです。
朝日連載は「平 頂 山事件」 にはじまり、「万人坑」「南 京」「三光政策」 とつづきました。また、「週刊朝日」には、本多記者と中国に同行取材した古川記者が「防疫惨殺事件」などを書いています。そのいずれもが、読んでいて気持が悪くなったと感想をもらす人もあるくらい、日本軍および民間人が行った残虐さであふれかえっていました。
報道時を振り返って、山本七平 は日本人の反応を「集団ヒステリ−状態」 と形容するほどのすさまじい衝撃だったのです。
これらは後に単行本、文庫本となり、さらに『中国の旅』の写真版という『中国の日本軍』 (創樹社、1972年)が出版されます。
1、 「レールは敷かれているし・・」「代弁しただけ、抗議をするのなら中国に」
これほど国民に影響をあたえた「中国の旅」連載は、まっとうな取材にもとづいた報道だったのでしょうか。とんでもありません。とても取材と呼べるような代物ではありませんでした。私が言いがかりをつけているわけではありません。当の本人が次のとおり書いていますので。
「中国の旅」は、〈 第一に「中国の視点」を紹介することが目的の「旅」であり、その意味では「取材」でさえもない。第二に事実関係については日本側の証言を求めています。 〉
この記述は私の「中国の旅」批判に対して、本多記者が月刊誌「正論」(1990年9月号)に寄せた反論からの抜粋です。
こんな読者を愚弄した話があるでしょうか。こんな論法が通用すれば、どんな報道だって是認されてしまいます。
ちなみに、本多勝一の「中国の旅」に掲載されている写真の殆どが「ニセモノの写真」であることが判明している。
これは メッセージ 1 (rdupwatch さん)への返信です.