7月23日 秦徳純、趙登禹を面罵す
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/09 18:32 投稿番号: [631 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
297〜299p
《 趙登禹は直ちに鉄獅子胡同 (ティエシーズホートン)、進徳社に車をとばせた。
進徳社の大広間では、二十九軍軍長宋哲元、副軍長秦徳純、軍参謀長張越亭、
三十七師長馮治安等が出席し、最高首脳部会議の最中だった。
秦徳純が尋ねた。
「寺平補佐官、何かいってましたか」
「私の部下で今緑米倉に入っている六百八十一団を
即時城外に撤退させて欲しいと要求しております」
宋哲元は黙々として聞いている。
馮治安は顔をあげて、趙登禹の次の言葉を待ちうけている様子だった。
突然、秦徳純が眼をいからせて起ち上り、難詰し始めた。
「貴官は百三十二師統帥の責を持つ師長である。
一途に宋軍長の命を奉じ、部下の指揮統帥に当っておればそれでよろしい。
いったい何の用があって日本特務機関の補佐官なんかと会見するんだ。
我々の肚はすでに決まっている。
しかるに貴官は彼等の口舌に丸められ、北京警備の任についたばかりの二ヶ団に対し、
即時城外撤退という重大問題を軽々しく受諾するとは。
いったい二十九軍の威令はどうなったって構わないと思っておられるのか」
扇子で卓をたたきながら詰め寄った。 続いて馮治安が起った。
「趙師長がどの辺まで受諾したか、私にはわからない。
しかし守土抗敵は我が二十九軍の信条である。
喜峰口の一戦以来、我が軍の赫々たる武勲はすでに天下に喧伝されている。
趙師長、軍長以下の気持も解せず、このような屈辱極まる撤兵を
もし受諾したとするならば、今次盧溝橋の一戦に、頑として敵の襲撃に抗して起ち上った、
我が二十九軍の愛国的熱誠は、ことごとく地に堕ちてしまうではないか」
「そうだ」
秦徳純が合槌を打った。
「まだ確約はしていません。ただ、肚はすでに決まっているというただいまのお言葉、
ここで初めて伺ったばかりです。
私は、一意、軍長の意図を奉戴 (ほうたい) し、情勢の安定化、即ち正面衝突の回避、
事件の不拡大、という方針のみに徹して一切の行動を律してきました。
こうした根本方針の変更を、なぜもっと早く私の部隊に知らせて下さらなかったんです」
秦徳純、馮治安の述べるところもさる事ながら、趙登禹の言い分にも道理があった。
決戦か、不拡大か、この二つの方針をめぐって宋哲元は先日来、ひとり深く悩み続けていた。
今日の気拙 (きまず) いこの激論も、畢竟するに自分自身の優柔不決断が、
趙師長をこれほどまでに苦しめているのだ。
先日南京から蒋主席の特使、熊斌 (ゆうひん) 将軍がやって来た。
そして秦徳純の妻子を、人質的に南京に拉し去って行った。
秦徳純、馮治安、この二人は完全に南京側に組し自分の意図を汲む真の協助者ではない。
事茲 (ここ) に及んでは、自分が今、日本側の意志に従ってみたところで、
この冀察政権はあといつまで続けて行く事が出来るだろう。
冀察政権が樹立されてから、一年余にしかならないのに、
早くももう先が見え始めている。
沈黙を破って馮治安が叫んだ。
「趙師長、盧溝橋の問題にしろ今日の問題にしろ、
撤退すべきは我々ではなくってむしろ日本側である。彼等の要求は即刻、
断乎排撃されよ!」 趙登禹は心持ちうなずいただけで静かに起ち上った。
宋哲元以外の一同は、冷たい眼でジーッとそれを見送っていた。
気のせいかその時の趙師長の後姿には薄暗い影が漂っていた。》
つづく
297〜299p
《 趙登禹は直ちに鉄獅子胡同 (ティエシーズホートン)、進徳社に車をとばせた。
進徳社の大広間では、二十九軍軍長宋哲元、副軍長秦徳純、軍参謀長張越亭、
三十七師長馮治安等が出席し、最高首脳部会議の最中だった。
秦徳純が尋ねた。
「寺平補佐官、何かいってましたか」
「私の部下で今緑米倉に入っている六百八十一団を
即時城外に撤退させて欲しいと要求しております」
宋哲元は黙々として聞いている。
馮治安は顔をあげて、趙登禹の次の言葉を待ちうけている様子だった。
突然、秦徳純が眼をいからせて起ち上り、難詰し始めた。
「貴官は百三十二師統帥の責を持つ師長である。
一途に宋軍長の命を奉じ、部下の指揮統帥に当っておればそれでよろしい。
いったい何の用があって日本特務機関の補佐官なんかと会見するんだ。
我々の肚はすでに決まっている。
しかるに貴官は彼等の口舌に丸められ、北京警備の任についたばかりの二ヶ団に対し、
即時城外撤退という重大問題を軽々しく受諾するとは。
いったい二十九軍の威令はどうなったって構わないと思っておられるのか」
扇子で卓をたたきながら詰め寄った。 続いて馮治安が起った。
「趙師長がどの辺まで受諾したか、私にはわからない。
しかし守土抗敵は我が二十九軍の信条である。
喜峰口の一戦以来、我が軍の赫々たる武勲はすでに天下に喧伝されている。
趙師長、軍長以下の気持も解せず、このような屈辱極まる撤兵を
もし受諾したとするならば、今次盧溝橋の一戦に、頑として敵の襲撃に抗して起ち上った、
我が二十九軍の愛国的熱誠は、ことごとく地に堕ちてしまうではないか」
「そうだ」
秦徳純が合槌を打った。
「まだ確約はしていません。ただ、肚はすでに決まっているというただいまのお言葉、
ここで初めて伺ったばかりです。
私は、一意、軍長の意図を奉戴 (ほうたい) し、情勢の安定化、即ち正面衝突の回避、
事件の不拡大、という方針のみに徹して一切の行動を律してきました。
こうした根本方針の変更を、なぜもっと早く私の部隊に知らせて下さらなかったんです」
秦徳純、馮治安の述べるところもさる事ながら、趙登禹の言い分にも道理があった。
決戦か、不拡大か、この二つの方針をめぐって宋哲元は先日来、ひとり深く悩み続けていた。
今日の気拙 (きまず) いこの激論も、畢竟するに自分自身の優柔不決断が、
趙師長をこれほどまでに苦しめているのだ。
先日南京から蒋主席の特使、熊斌 (ゆうひん) 将軍がやって来た。
そして秦徳純の妻子を、人質的に南京に拉し去って行った。
秦徳純、馮治安、この二人は完全に南京側に組し自分の意図を汲む真の協助者ではない。
事茲 (ここ) に及んでは、自分が今、日本側の意志に従ってみたところで、
この冀察政権はあといつまで続けて行く事が出来るだろう。
冀察政権が樹立されてから、一年余にしかならないのに、
早くももう先が見え始めている。
沈黙を破って馮治安が叫んだ。
「趙師長、盧溝橋の問題にしろ今日の問題にしろ、
撤退すべきは我々ではなくってむしろ日本側である。彼等の要求は即刻、
断乎排撃されよ!」 趙登禹は心持ちうなずいただけで静かに起ち上った。
宋哲元以外の一同は、冷たい眼でジーッとそれを見送っていた。
気のせいかその時の趙師長の後姿には薄暗い影が漂っていた。》
つづく
これは メッセージ 630 (kireigotowadame さん)への返信です.